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『伊吹』が死んだ。
生まれてすぐに発症した高熱。
そのせいで聴覚に障害を持ち、他の子供たちに比べて
発達障害も大きかった。
そして一番心配だったのは、
何時起るかもしれない突然のてんかん発作。
三歳になり、伊吹を名乗る志穏が怜皇様達の母校に通うようになっても
伊吹が同じ学校へと通うことは出来なかった。
「志穏には志穏の教育に相応しい学校があります」
そう言って義母は、私と一緒にその養護学校がある山奥へと追いやった。
常に伊吹と向き合い続けた時間は、私の心も追い詰められて
何度か我が子に八つ当たりもしてしまった。
普通の学校に通わせたくて、周辺の学校に頼み歩いたこともあった。
それでも……姉の子と私の子の成長は溝は埋まることはなくて、
二人は何時も幼い日の私と姉みたいに、ずっと比べ続けられてた。
そんなある日……伊吹が死んだ。
我が子が死んだ時、私自身もラクになれると力が抜けた部分もあった。
だけどその後は、何もなくなった。
棺に入れてられて安置されたその部屋、棺の傍から離れることなんて出来なくて
ずっと座り続けて棺を見つめる。
人に愛されることも、人を愛することも
殆ど知ることのないままに……私の息子が消えた。
そんな時ふと私の体を包み込んで『葵桜秋』と
私の名を呼ぶ声が聞こえた。
ふと見上げたそこには、久しぶりに再会したお姉ちゃんが居た。
伊吹が大変な病気になったのも、私がお姉ちゃんにやってきたことに対して、
神様が罰を与えたんだって、ずっとずっと心の何処かで思ってた。
お姉ちゃんにちゃんっと謝ったら……
神様は伊吹をもう一度私の手元に戻してくれるかもしれない。
『ごめんなさい。
咲空良……。
私の命をあげるから、伊吹を連れて行かないで』
何度も何度も呪文のように繰り返し続ける言葉に、
咲空良は何も言わずに黙って私を抱きしめてた。
そんな時、怜皇様の声が聞こえた。
「伊吹の名は、志穏が今まで通り引き継ぐ。
瑠璃垣の後継者として。
それは志穏自身が決断した。
告別式は瑠璃垣志穏として出す。
それが一族の総意だ」
私は居たたまれなくなって、
ただ目を伏せて、棺を見つめた。
瞳から溢れ続ける涙は、私の視界をにじませていく。
生まれた時は『伊吹』でも、
その名を持つ存在は……一族の正統後継者。
そしてとうに一族から見放された我が子は、
今はその名を持ちあわせない。
告別式でもあの子は、本当の名前で呼ばれることはない
本当の名前に戻ることなく、
瑠璃垣志穏として、荼毘にふされることになった我が子。
ショックを受け続ける私に怜皇様は気遣う素振りも見せずに、
咲空良たちを連れて部屋を出て行った。
この部屋に残されたのは、私と我が子……そして、伊吹を継ぐものと
もう一人……。
姉の傍に居たということは、あの子が心【しずか】の子供なのかもしれない。
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