32人が本棚に入れています
本棚に追加
私の隣、近づいてきた姉の子は棺を見つめながら
涙一つ流さない。
どうしてこの子は今も生きているの?
突然、どうしていいのかわからない感情が湧き上がって
「アナタが生まれてきたから」っと全ての怒りをぶつけるように
姉の子へと発した。
姉の子は今もただ私をじっと見つめるだけで、
何も言わない。
そんな姉の子供の全てを見透かすような瞳が私は怖かった。
目を背けるように棺に視線を戻した私に、もう一人の少年は声を荒げるように
私へと言葉を発する。
「勝手な事言うなよ。
コイツが生まれなかったらって、
それでも仮にもコイツの母親に戸籍上でなってるヤツが
言う言葉かよ。
オレや咲空良さんや親父がコイツと過ごせるはずだった
その時間の全てを奪ったお前がさ。
それにアンタに憎まれながら、傍に居続けたコイツの気持ちに
なんで理解しようとしないんだよ。
見てわかんねぇか?
アンタの息子は、コイツにとっては紛れもなく兄貴なんだよ。
オレなんかより、ずっと兄貴なんだよ。
ほらっ、お前の兄貴なんだろ。
今だけ言いたいこと沢山話せ。
瑠璃垣伊吹の仮面は脱いで志穏として話せばいいだろ。
聞かないで、傍にだけいてやる。
だからその後は、また伊吹に戻れ。
お前が自分で決めたことだからな」
そう言いながら、心【しずか】の子供は姉の子供を
背後から抱きしめる。
その瞬間、姉の子供の体は我が子の棺の前で崩れ落ちて
声をあげて泣き始めた。
そんな姉の子を見ていたら『何をやっていたんだろう』っと、
今まで張りつめ過ぎていた糸が切れたように崩れ落ちた。
気が付いた時には自室で眠っていて、
ベッドの隣には、姉さんが心配そうに座ってた。
「葵桜秋、加減どう?
往診に来てくださったお医者様は、貧血だって言ってた」
「何時?」
ベッドに横になったまま紡ぐ声。
「もうすぐ7時になるわね」
姉の声に私は、ベッドの上で必死に体を起こす。
そんな私の体を支えるように、姉は私を支えた。
「伊吹のところにいかなきゃ。
あの子は一人で寂しがってる」
そう言ってベッドから這い出そうとした私に姉は言葉を続ける。
「大丈夫。
葵桜秋の大切な伊吹の君の傍には、怜皇さんも紀天も尊夜もいるでしょ。
寂しくなんてないわよ。
それより今の葵桜秋を見てる方が、伊吹君は心配なんじゃないかな。
朝ご飯の仕度が出来たら顔を出すからもう少しお休み」
そう言って姉は声をかけて私を再びベッドへと眠らせた。
8時を過ぎた頃、朝食プレートを手にして再び姿を見せた姉。
その日の夕方から、伊吹の棺は斎場へと移されてお通夜。
そして翌日、瑠璃垣志穏として告別式を行った。
ただその場に居た私は、その時間のことを殆ど覚えていなくて
我に帰った時には全てが終わって、瑠璃垣の屋敷へと帰宅してベッドへと崩れこんだ。
我が子が居なくなったその日から、
私はベッドで伏せ続ける日が多くなった。
心配した怜皇さまは、頻繁に様子を見に屋敷へと顔を見せてくれるけど
そんな時間すら、私には申し訳なくて……。
我が子の四十九日が近づいた頃、
思い切って怜皇さまに『離婚してほしい』と願い出た。
当初はびっくりしていた怜皇さまも、
『咲空良の名前を背負い続けることに疲れた』のだと本音を告げると
静かに頷いてくれた。
咲空良にそのことを告げたのは、我が子の四十九日の法要の後。
最初のコメントを投稿しよう!