1.春、運命の輪が回るとき 

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「咲空良、大丈夫。  私は咲空良の友達よ。  どれだけ外見が似ていても、  私はちゃんと見分けられるわよ。  咲空良は咲空良。  葵桜秋は葵桜秋でしょ。  私、卒業パーティには出掛けずに今から大東さんと会うの。  良かったら、咲空良も来ない?  咲空良が姿を見せると大東さん、喜ぶのよ」 心が大東さんと呼ぶのは、大東睦樹【だいとう むつき】さん。 心のお父さんの工場に、技術を身につけるため 本社の瑠璃垣から研修しに来ている社員さん。 睦樹さんとは数度、心と一緒に顔を合わせたことはある。 何度も何度も、心のことを聞いてきた。 睦樹さんと心は、心が惹かれあっているのだと感じた。 だけど……睦樹さんの想いは心には届かない。 そんなジレンマが、睦樹さんの行動を気になる心<しずか>について訊ねてくる形で 私と接する時間が多くて。 そんな時間を、心<しずか>は私たちが惹かれあっていると 勘違いして、一歩身を引いてしまう。 そんな二人のすれ違いを気になりながら 私はどうすることも出来ないでいた。 「ほらっ、咲空良。  睦樹さん、校門の前で待ってる」 人が殆どまばらになった、校内から校門に続く 並木道を歩いていくと睦樹さんが門のところで手を振って笑ってた。 そして睦樹さんの隣には、見知らぬ男の人。 睦樹さんは、その人と親しげに会話を交わすと 傍にあったスポーツカーの運転席へと体を沈めた。 走り出した車を見送りながら、隣で心<しずか>は何かを考えているようで 暫く黙りこむ。 「心?」 「そうっ。  そうよ、さっきの人何処かでみたと思ったのよ。  大東さん、どうして?  ビジネス誌を賑わせてる、瑠璃垣の御曹司がいたのよ。    大東さんと親しげに」 大きな声でそうやって告げた心の言葉に 私も何度か覗いたことのある、部屋に転がっていた、 葵桜秋が所有するビジネス誌を思い返してた。 「あの人が……瑠璃垣怜皇<るりがき れお>」 小さく吐き出すように呟いた。 「心ちゃん、そりゃないでしょ。  オレが怜皇と知り合いって、そりゃ信じられないかもだけど  オレだって神前悧羅の卒業生だよ。  怜皇は、同級生でルームメイトだった。  それ以来、今も交流はあるよ。  あの学生の頃との交流と今は、少し形は変わってきてしまったけどね。  アイツはオレの職場のトップを背負う存在。  オレはアイツが経営する子会社の一つに、  必死にしがみつく社員だからな。  って、心ちゃん。  詮索はこれくらいでいいか?  少し出掛けようか?  卒業のお祝いくらいさせて貰えるかな?」 そう言って、校門からゆっくりと商店街に向かおうとする 大東さんと心。 そして少し離れて、ゆっくりとついていく お邪魔虫の私。 ダメ……気を利かさなきゃ。 二人にしてあげないと……。 両想いの二人を知っているから。 「あっ、あの……。  心、大東さん、私……家のものと約束していたのよ。   ごめんなさい」 そう口早に告げた私は、すぐにタクシーを捕まえて 乗り込むとその場を後にした。 タクシーの車内、空虚さが押し寄せてくる。
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