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何時までも荷物でいてはいけないの。
心<しずか>には、心<しずか>の時間があるもの。
大東さんと歩いていく未来の布石を築く
そんな充実した時間が必要だもの。
必死に言い聞かせ続けた。
その後もすぐに帰る気にはならなくて、
周辺をプラプラと歩いて、夜になって帰りついた。
自宅の中入ると、
先に帰っていた葵桜秋が、
私をじっと見つめた。
「咲空良、どうして来なかったの?
皆、咲空良のこと待ってたのよ」
「ごめんなさい。
ちょっと気分が優れなかったから」
そう切り返した途端、顔を覗かせた両親が
慌ただしく私を気遣う。
「もう落ち着きました。
卒業式で緊張してしまったみたい」
そう言うと、一礼して私たちの部屋へと移動した。
着替えを済ませて、リビングへと降りた私と葵桜秋を並べて、
対面しながら両親はゆっくりと切り出した。
「咲空良、葵桜秋まずは卒業おめでとう。
これから社会人としての一歩を大きく踏み出す
二人に伝えなければいけないことがある」
そう言って沈痛な面持ちで会話を切り出した父は、
隣にいる母とアイコンタクトをして、ゆっくりと言葉を続けた。
「今朝、本家の亡きお祖父様<おじいさま>の
交わした遺言が見つかった」
お祖父さまは、先月、心筋梗塞で突然倒れたまま帰らぬ人となった。
遺言?
その後、父が続けた言葉に私はそのまま固まった。
『ワシの初孫を次の瑠璃垣を背負うものに託す』
そう記された祖父の達筆な字。
その下に続くのは、祖父と祖父の親友でもあった瑠璃垣の会長との間に
取り決められた許嫁の誓約書。
ワシの初孫。
そう記された枠には、都城咲空良と私の名前が記載され
瑠璃垣の欄には校門で姿を見かけたあの人
……瑠璃垣怜皇の名前が記載されていた。
初孫は私。
「……私の……?」
思考回路が停止したように
何も考えられないまま固まり続ける私に
更に父の言葉が追い打ちをかけた。
「咲空良、瑠璃垣家は近いうちに君を瑠璃垣の家に迎え入れたいと
言ってきた。
だから……咲空良は、瑠璃垣の坊ちゃんが望まれるようにしなさい」
ばっさりと告げられたその言葉は、
私の春からの新しい未来が摘まれたと言うことを意味していた。
瑠璃垣に就職する葵桜秋ではなく、
どうして私なの?
縋るように顔を上げて見つけた先、
葵桜秋は唇を震わせながら私を睨みつけていた。
そんな視線に耐えられなくて、
私はそのまま、自分のベッドへと駆け込んで
布団の中へと潜り込んだ。
視界を滲ませる涙だけが
留まることなくあふれ続ける
夢も希望も失った春。
運命の輪は、
私の想像を遙かに超えて時を刻み始めていた。
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