1.春、運命の輪が回るとき 

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何時までも荷物でいてはいけないの。 心<しずか>には、心<しずか>の時間があるもの。 大東さんと歩いていく未来の布石を築く そんな充実した時間が必要だもの。 必死に言い聞かせ続けた。 その後もすぐに帰る気にはならなくて、 周辺をプラプラと歩いて、夜になって帰りついた。 自宅の中入ると、 先に帰っていた葵桜秋が、 私をじっと見つめた。 「咲空良、どうして来なかったの?  皆、咲空良のこと待ってたのよ」 「ごめんなさい。  ちょっと気分が優れなかったから」 そう切り返した途端、顔を覗かせた両親が 慌ただしく私を気遣う。 「もう落ち着きました。  卒業式で緊張してしまったみたい」 そう言うと、一礼して私たちの部屋へと移動した。 着替えを済ませて、リビングへと降りた私と葵桜秋を並べて、 対面しながら両親はゆっくりと切り出した。 「咲空良、葵桜秋まずは卒業おめでとう。  これから社会人としての一歩を大きく踏み出す  二人に伝えなければいけないことがある」 そう言って沈痛な面持ちで会話を切り出した父は、 隣にいる母とアイコンタクトをして、ゆっくりと言葉を続けた。 「今朝、本家の亡きお祖父様<おじいさま>の  交わした遺言が見つかった」 お祖父さまは、先月、心筋梗塞で突然倒れたまま帰らぬ人となった。 遺言? その後、父が続けた言葉に私はそのまま固まった。 『ワシの初孫を次の瑠璃垣を背負うものに託す』 そう記された祖父の達筆な字。 その下に続くのは、祖父と祖父の親友でもあった瑠璃垣の会長との間に 取り決められた許嫁の誓約書。 ワシの初孫。 そう記された枠には、都城咲空良と私の名前が記載され 瑠璃垣の欄には校門で姿を見かけたあの人 ……瑠璃垣怜皇の名前が記載されていた。 初孫は私。 「……私の……?」 思考回路が停止したように 何も考えられないまま固まり続ける私に 更に父の言葉が追い打ちをかけた。 「咲空良、瑠璃垣家は近いうちに君を瑠璃垣の家に迎え入れたいと  言ってきた。  だから……咲空良は、瑠璃垣の坊ちゃんが望まれるようにしなさい」 ばっさりと告げられたその言葉は、 私の春からの新しい未来が摘まれたと言うことを意味していた。 瑠璃垣に就職する葵桜秋ではなく、 どうして私なの? 縋るように顔を上げて見つけた先、 葵桜秋は唇を震わせながら私を睨みつけていた。 そんな視線に耐えられなくて、 私はそのまま、自分のベッドへと駆け込んで 布団の中へと潜り込んだ。 視界を滲ませる涙だけが 留まることなくあふれ続ける 夢も希望も失った春。 運命の輪は、 私の想像を遙かに超えて時を刻み始めていた。
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