第1章

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時の流れの川底にひとつふたつの愛と欲。転がり濁ってどこ行くさま。奈落の底への道すがら、人も獣も一緒になって、苦しみ憎むは無常の夕べ。明日の朝を誰か迎えん。 人里離れた森の奥深くに熊の親子は静かに暮らしていました。父熊と母熊、そして黒目の真ん丸いとても愛らしい小熊の3頭です。父熊はいつも家族を思い、せっせと食料を探しに出かけ、母熊は子熊の面倒をよく見て、それはそれは仲睦まじく、森に住む他の動物たちも羨む家族でした。 しかしここのところの異常気象なのでしょうか、人間たちによる自然破壊の影響なのでしょうか、熊の家族が住む辺りでは食料がすっかり捕れなくなってきました。中でも熊にとって一番の栄養源である魚が減ってしまって、川に行ってもろくに魚は捕れずじまいです。 ある日のこと、父熊は半分あきらめてはいたのですが、そこは母熊や小熊の期待を背負って川に出かけました。やはり川は昔の川ではなく、青々としていた水草も今では茶色くなり、水がないと思えたほどに澄んだ川は濁り、かつての清新な流れもどこか老婆のように淀んでいました。母熊や小熊の悲しい顔を思うと、父熊はやるせない気持ちと自分の不甲斐なさを嘆きました。 「今夜もこの間採った木の実を 分け合って食べるしかないな」 と、川からの帰り道、ビッショリ濡れた身体を重たそうに引きずりながら父熊はとぼとぼと歩いていました。 少し歩いてふと草むらを見ますと、そこに傷ついたウサギを見つけました。人間の作ったワナに足が引っ掛かって苦しそうにもがいていたのです。 「おおっ、可哀想に。痛いだろうに、すぐにはずしてあげるよ」 父熊はウサギを優しくいたわりながら、注意深くワナからはずしました。ウサギは嬉しそうに父熊にお礼を言いました。ただウサギは自分では動くことができないほどに傷ついていましたから、父熊に森の自分の家まで抱いていってもらうように頼みました。 「父熊はそんなの簡単なことだよ」と微笑みました。 父熊はウサギを抱いて森へと帰って行きます。夕暮れ近く、きこりが倒した木々が堆く積まれた場所でひと休みしていますと、そこにひとりの猟師がやってきました。猟銃を手に持って勇ましく現れたその男は、目の前にいる熊にひるむこともなく、疲れきった熊を見つけるとこう言いました。
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