第1章

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「どうやら、俺様が仕掛けたワナに掛かったウサギを持っているようだな。お前を撃とうとは思わない、だからそのウサギをそこに置いていってくれないか。そうしたら俺様のオッカアがつくってくれた美味しいお弁当をお前にやろう。魚がたくさん入った特製のお弁当だぞ」 父熊は横に置いたウサギを見やりました。相変わらず生温かい血が傷口から流れ出ています。もう死ぬのも間近いと思われましたが、その表情はいたっておだやかでした。父熊は家族を思いました。家族を喜ばせてあげたいと思いました。 「このウサギ、どうせ死ぬんだし」 父熊は心の中で神様に手を合わせました。そして家族への高ぶる愛情が猟師との取引をさせました。猟師はウサギを父熊から受け取ると、ホカホカのお弁当を父熊に渡しました。きっとその男は大食漢なのでしょう、お重が3つも4つも重なった大きなお弁当箱です。父熊はもう嬉しさでいっぱいになっていました。大好きな魚の匂いも漂っています。 「またここにウサギでもなんでも、俺様の気に入りそうな動物を持ってきな。お前さんは動物の肉よりも魚のほうがいいんだろ、魚や木の実なら俺様がいつでも持ってきてやるよ。もちろんオッカアの特製弁当でもいいがな」 猟師は山道を流行り歌を歌いながら帰って行きました。父熊はウサギへの罪悪感より、手に持ったずっしりとしたお弁当に喜びを感じました。急いで家族のもとへと走りました。森は暗く、黒い風が樹木の葉をハラハラと落とし、竹やぶは嗚咽のような音を出しましたが、父熊には何も見えません、何も聞こえません。 帰ると、父熊は母熊と小熊にそのご馳走を見せました。魚がたくさん入っていましたし、栗や山菜も散りばめられた豪勢なお弁当です。母熊は大喜びで、まず可愛い小熊に魚をひと切れ食べさせました。小熊は最高の愛くるしさで、ムシャムシャと無邪気に食べました。たくさんのお弁当でしたから、母熊はそれを3つに分けて、小熊がねだるのも制して、きちんと明日の分と明後日の分を取り分けました。父熊はと言いますと、母熊や小熊の喜ぶ顔が何よりのご馳走とでもいうように、お腹がすいている自分は我慢してなるべく母熊や小熊に食べさせました。 母熊が尋ねました。 「どうしたのこんなご馳走? 人間の食べ物でしょ、これ」 「そうさ、間抜けな猟師がいてね、昼寝している隙に取ってきたんだよ」
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