第1章

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それからの父熊は神様の優しさで動物に近づき、悪鬼の残忍さで動物を殺しました。殺される動物はいつも「まさか」というようなギョッとした表情を死ぬ間際に父熊に向けました。父熊は拭っても拭っても拭いきれないその畏怖を、慎み深い母熊の態度と純真な小熊の表情に変えて自分を騙しました。母熊と子熊はそんなこととはつゆとも知らず、いつもいつもご馳走を持って帰ってくる父熊を尊敬もし、また頼もしくも思いました。しかしです、森はいつまでもこの悪業を見逃しません。まずその噂は森に住む鳥たちの間に広まりました。母熊と小熊が遊んでいますと、鳥たちはそれを遠くから冷たい目で眺め、以前は小熊のそばに舞い降りてきた山鳩たちもすっかり姿を消しました。母熊はしばらくは黙っていましたが、小熊がタカやトンビにクチバシで突付かれるようになって、いよいよこの事態を父熊に報告しました。 「ねぇ、何か恐ろしいことでもしてるんじゃないだろうね」 「何だい、いきなり」 「小熊がいじめられているのよ、森の動物たちに。私にもなんだかよそよそしいし、森全体が私たち親子を追い出そうとしているような気がするの」 「気のせいだよ、みんな食料がなくなってきたからイライラしているのさ」 父熊は平静を装いました。しかしふと自分の右手を見ますと、その爪の間に洗っても洗っても取れない血の塊がこびりついていて、あまりの恐ろしさに気を失いそうになりました。母熊は続けました。 「お前さんは、いつもご馳走を持ってきてくださるが、いったいどこで捕ってくるんだい?」 「それは秘密さ、森の誰にも言わないし、言うつもりもないさ。お前を信じないわけじゃないが、秘密というものはまず身内からと言うだろ」 「森のみんなにも食べ物を分けておやりよ、そうすればいくらかでも親切にしてくれるかもしれないし」 「妬んでいるんだな、みんなきっと。分ったよ、今度からはそうするよ」 父熊は心中おだやかではありませんでしたが、それでも悟られまいとして威厳を込めて答えました。
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