第1章

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父熊に対する疑念は母熊の脳裏から消えませんでした。ですから次の時、夕方近く父熊が川に出かけて行く際に、気づかれないように後をつけました。小熊はぐっすりと眠っていましたが、残して行くのも不安でしたので小熊を抱えて父熊を追いました。小熊を抱いていたせいもあって、素早い父熊の後をつけていくのは大変でした。気づいてみると、母熊は森の中にあるきこりの古い作業場に出ていました。そこは猟師と父熊が取引をするあの場所です。いつもの猟師はうつらうつら切り株にもたれて休んでいました。猟師は眠たげに目を覚ますと、母熊に言いました。猟師には父熊と母熊の区別がつきませんでした。 「おお、これはこれは。熊よ、今日は何の獲物を持って来たんだ?」 母熊は黙っていました。横に小熊を寝かせると、状況を把握できないのか、ただただじっとしていました。しかしすぐに母熊の頭には何か言い知れぬ恐ろしさがよぎりました。 「何だ、お前、まさか自分の子供までも俺様に差し出そうというのか」 と、猟師は言って、小熊の腹を銃先で突付きました。小熊はビックリして目を覚まし、ガッと口を開けて、まさに猟師に飛びかかろうとしました。もっと驚いたのは猟師のほうです。 「こ、この小熊、生きているじゃないか!」 猟師はとっさにそばを離れました。母熊は慌てて猟師を威嚇しながら、小熊をかばって大きく腕を広げました。 「ズドーン、ズドーン」 森中に響き渡る銃声でした。隠れて様子をうかがっていた鳥たちは、いっせいに空に飛び立ちました。 父熊は川の岸辺にいました。爪の間に挟まりこびりついた血の塊を洗っていたのです。しかし何度洗っても血は取れません。銃声が聞こえたのはその時です。総毛立つようないやな予感がしました。きっと父熊には母熊と小熊の末期の叫びが聞こえたのでしょう。全速力で父熊は走りました。森が大きく揺れました。音の記憶と匂いを手がかりに木々の間を抜け、愛する家族のもとへと急ぎました。 雨がポツポツと落ちてきました。猟師はひとりで母熊と小熊を運ぶのは無理だと思ったのでしょう、無線で仲間の猟師たちを呼びました。 「こりゃ、すっげぇーな」 「ああ、オッカアも喜ぶだろうよ」 「さぁさ、運ぼう運ぼう」
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