第1章

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その時だった、ソファの側に寝そべっていたファウストが「ウフォフォフォフォ……」と聞いたこともない声をあげた。家族が驚きの声を上げる間もなく一斉にファウストを注視した時、その大きな犬は明らかに笑っていた。表情があるとも思えない犬の表情だが、確かにその時、家族の全員が笑っているファウストの顔を見た。歴史上、犬が笑ったのはこれが最初かもしれない。今までどれだけの犬が生まれ、そして子孫を残してどれだけの犬が死んでいったのか。もしこれが新しい犬の登場だとして、この1匹の犬を誕生させるために、過去にどれほどの膨大な数の犬の存続があったのだろうか。 僕はとてつもなく悲しくなって窓の外を見た。僕は誰か? 僕は博之だったことがある、桃子だったこともある。そして僕はポメラニアンだったこともある。ファウストはこらえきれずに笑い出したふうで、世の中のすべてを笑うかのようにいつまでも笑い続けていた。欲望の所産、新しい犬の誕生に時間はその速度を緩めたりはしない。僕は今、それを忌まわしく窓外に眺めている。 終わり
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