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何より人は、自分が不要のものと知る時が一番辛い。だからこそ上辺だけの冷えた雰囲気には敏感になるし、老いさらばえた桃子にして、家族のヒソヒソ声や目配せの合図に桃子の目や耳は研ぎ澄まされた感覚を呼び覚ました。この憐れな覚醒が、逆に言えば桃子の生命を保持させる灯火になったところもさらに悲しい。桃子と淳子の、姑と嫁の確執は老人の気まぐれな覚醒と、偽装しているとも偽装していないとも嫁が疑心する姑の痴呆性で決定的となったのである。淳子が家族での海外旅行をさりげなく語る時、被害妄想ともなる桃子は「自分が生きているから旅行できない」という理由をたまに訪ねてくる友人や博之の兄弟などに、まるで家族を代表して説明するかのように狡猾に説明していた。そしてまた博之はその理由を利用した。
犬とは違い、桃子が、心のすべてではないにしろ家族に存した邪悪を知りながら亡くなったのは、悲痛なことだが容易に想像できる。しかしもし犬もそれを感じていたとしたらどうだろう。桃子には愚痴をこぼす言葉があった、皮肉を込めるというような芸当もあったし、痴呆性のままに無邪気に激怒することもできた。老いた小さな犬は無用の自分を感じ、それにどうすることもなく静かに心寂しく死んでいったのだろうか。
新しい犬がやってきた。高そうな犬ではあるが、博之は友人のツテで通常の価格よりもだいぶ安く買った。しかしそのことは子供には言っていない。淳子も子供の和彦も、愛らしさを持ちながらも、すでに堂々とした子犬の風体を喜んだ。新しい犬は家族にとって新しい生活のシンボルとなったし、刷新された新鮮な空気が家に吹いた。そのゴールデン・レトリバーは和彦が少年野球でファーストを守っているところからファーストと名付けられた。1番目という意味もなかなかだった。ただどうしても名前を呼ぶ時に語尾が上がってしまうので、ファーストではなく実際はファウストと聞こえてしまうようで、時の経過とともにだんだんと犬の名前はファウストとなっていった。
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