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孝康は言う。
「それがしは殿と同じ。打って出ます」
さらに、
「皆が城に篭るというなら、一騎でも、出ます」
とまで言う。
今彼の脳裏に、十河の郷と、郷の人々のことが浮かんでいた。
(土佐の鬼ざむらいどもは、郷には一歩も入れぬ)
という並々ならぬ気迫が、その肩よりかげろうのように昇っているのが見えそうだった。
「しかし負ければしまいじゃぞ」
と別の者が言えば。
「ならばそこもとは荷物をまとめさっさと淡路の仙石秀久殿でも頼られればいかがか」
と、軽蔑するように言う。
かつての故郷は、仙石秀久が治めている。仙石秀久は四国方面の担当官で、つねに四国の動向をうかがい、機会あらば出陣もありえた。が、孝康にはもはやふるさとのことも、仙石秀久のこともどうでもよかった。
大事なのは、十河の郷であった。
「なんじゃと」
孝康の言葉に腹を立てた者が、脇差を手に立ち上がれば、孝康も同じように立ち上がる。
「うぬは新参のくせに、我らに楯突くか」
「待てい!」
咄嗟に存保が間に入る。いつの間にか、手には太刀がにぎられている。
「この大事に仲間割れをしてどうする。孝康、むやみに血気にはやるな!」
怒号が響く。それから双方を睨む。
「どうしてもやるというなら、存保が相手するぞ。じゃがお前たちが斬りたいのは、どこの誰じゃ、それを履き違えるな」
緊張が張り詰められた糸のように、広間の者たちにからまりつく。
そのとき。
「申し上げます」
と言う声。皆その方を向けば、小者が広間の前で片ひざをつき、
「長宗我部より使者!」
と叫ぶ。
存保はうなずき、
「通せ」
と言えば、片膝をつく小者のわきを使者らしき武士がひとりずかずかと広間に入り込んで、一応の礼をして、小者と同様に片膝をつく。
存保と孝康らも元の位置にもどり、使者の口上を耳をすませて聞けば。使者は不遜な態度で言う。
「我が君、長宗我部元親公よりの言伝を申し上げまする。城を開け、我に降れば十河の郷だけは残してやる、とのことでございまする」
十河の郷を残してやる。
使者の言葉に、広間はざわつきはじめた。なんとも人を見下げたことを言うではないか。
戦の前に使者を出し、相手の動向をうかがうというわけか。
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