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十河存保は阿波の名族三好家に生まれた。
父は三好義賢(みよしよしかた)といい。その兄で、存保の伯父にかの三好長慶(みよしちょうけい)がいる。
次男坊である存保は七つのころに、讃岐の名族十河家に養子に入り、若い殿様となった。
先代の一存(かずまさ)は勇敢な人で、人は畏怖と尊敬の念を持って彼を鬼十河と呼んだ。しかし惜しいかな、落馬事故によりこの世を去ってしまった。
かの人もまた養子であるので、十河家は二代にわたり養子が後を継ぐこととなった。
もちろん、そこに来て他家から嫁をもらっていては十河の血は絶えてしまう。ということで、十河家に血縁のある者に、丁度存保と同い年の娘がいるということで、それを室に迎えようということになった。
お燕のことである。
婚礼の宴の祭に、人々がこの若い夫婦を指して「夫婦雛」と呼んだかどうかは、さだかではない。
ふたりが最初に交わした会話はというと、
「お燕。つばめ? 変な名だ」
と存保がその名を少しからかったことから始まった。
それを聞き、お燕は頬を膨らませ、
「そう言われましても、仕方がございませんもの。母からいただいた名をどうして捨てられましょう」
と抗議した。
「わたくしが生まれるころ、母のいたお部屋のそばの屋根に燕が巣を作って、子育てしたとお伺いしました」
「それで、つばめか」
「はい。母はつばめの子育てを見るにつけ、我もこうありたい、また我が子もそうなってほしいとの願いをこめたそうでございまする」
この話をするとき、お燕は少し涙ぐむ。
「でも、母は私をお生みになった少しあと、病で……」
必死に涙をこらえていた。
下唇を、上唇に押し付け、声をも押し殺していた。
そうかと思うと、涙目を存保に向け、
「母の思いを受け継ぎとうございまするゆえ、たくさんややを生みとうございます」
と、まじまじと存保を見やった。
存保、その言葉にはさすがにやや困った顔をした。
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