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居城である十河城のある、十河の郷。
子供のころ、存保と一緒に城の外へ遊びに出かけた。
のどかで広々とした大地に、あぐらをかいて居眠りするような、小さな山。そこでの穏やかな人々の営み。淡くも青い空には、風になびくほのかな白い雲が浮かぶ。よそから来たものが見れば、そこは極楽かと思わせるほどに、居心地のよい郷だった。
その十河の郷で、若い殿様とおひい様がかけっこをしている。
存保は足が速かった。お燕はいつも置いてけぼりだった。
「存保さま、お待ちを」
「遅い遅い」
存保はかまわず駆けてゆく。
お燕はいたたまれなくなって、ついには地べたにへたりこんで、
「存保さまの意地悪」
と泣き出してしまった。
そこでようやく、
「泣くなお燕。今度はゆっくり歩くから」
と言って、慌てて慰めるのであった。
郷の人々はそれを笑いながら眺めていた。
その時は、何故笑っているのかわからず、郷の人々たちも意地悪だと思ったが。今思い出してみれば、
「うふふ」
と自分でも笑ってしまう。
われながら、かわいらしくもあり、ほほえましくもあり、まだあどけない日の思い出のひとつであった。
遅い、といえば、ややはまだだった。
(わたしが遅いのは足だけではなかったのかしら)
と思い悩むこともあった。
それを思うと、存保の武運を祈らずにはいられなかった。
存保あっての、ややだから。
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