第1章

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MOMOには付き合っている男がいました。その男は知り合った頃には既婚でしたが、最近離婚して仕事も辞め、今ではほとんど彼女に食べせてもらっているというような状況でした。さらに悪いことには、男は賭け事に血道をあげ、彼女の稼ぎは彼の賭け事や道楽にほとんど費やされていました。 彼女もそんな生活に嫌気が差し、早く抜け出したいと願っていました。本来、彼女はビリー・ワイルダー描くところの明るく可愛い女性でありたいと思っているに違いありません。あるいはそのHNのとおり、屈託のない無邪気なMOMOなのでしょう。 「個室行かない?>カエル」 誰でも参加できるチャットをオープンといい、ふたりだけになって個人的な話をする場所を彼らは個室と呼びました。MOMOとカエルは個室で話し始めました。 「聴いてもいい?」 「うん」 「どんな仕事しているの?」 「ネット関連」 「へぇ、じゃあ、自宅で仕事してるとか?」 「うん、満員電車が嫌でさ(笑)」 このチャットを始めてからというもの、カエルは自分が人間になっている気にすっかりなっていましたから、ウソも板についたものでした。ウソは相手を騙すと同時に、その一番の罪として本人をも騙し蝕んでいくのでした、しかも自覚症状なしに。カエルはMOMOとふたりきりで話していることに舞い上がっていました。慢心し、いつもより饒舌になって理想の男性を演じていました。 「メルアド教えてよ、私も教えるから」 「いいよ」 「電話は?」 カエルのキーボードを打つ手が止まりました。本当は彼女に会いたくてしょうがありません。カエルはすでに恋をしていたのです。電話番号の交換は会うための前段階として当たり前のことですが、カエルには“しゃべる”術がありません。 「いいよ、いいよ、無理しなくて」とMOMOが書きました。 「声を聴くとあがっちゃいそうで、今はまだチャットでお願いします。ゴメンね」
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