第1章

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N氏が個室に入室したのを確かめると、カエルは単刀直入に言いました。 「僕の代わりにMOMOさんに会っていただけませんか?」 「えっ、どういうこと? あれだけ彼女に会いたがっていたじゃないか、それに彼女も君に会いたがっているようだし」 「僕はカエルですし、彼女には会えませんよ、でも彼女が待つその場所には行こうと思います。ひと目彼女を見たいだけです。好きになった人を見られるだけで満足です」 「でも……、そうですか」 「もしNさんがよければカエルとして彼女に会っていただいて構いません、そして会ってからすべてを話していただいても構いません、もちろん何も言わなくてもいいです。それはNさんに任せます。僕はスーツ姿で花束を持って行くことになっています」 N氏はこの時点で、本当にMOMOがカエルに会うとは確信を持っていませんでした。それにN氏にしてもイブの日は家族と過ごす約束がありました。 「Nさん、とても無茶な我がままな頼みだということは分かっています。でもお願いです、例え僕が彼女の待つ場所に行っても彼女は何も気づかないだろうし、イブの日にそんなところで彼女に悲しい思いをさせたくない。彼女もきっと何かを捨ててくるんだと思います」 言葉は人を動かす。それが純粋であればあるほど人は突き動かされる。おそらく自身の失いつつある純真にそれが小さな灯火を点けるのでしょう。 「分かったよ、でももし君が本当にカエルだとして、君はこの寒い時期、外に出るだけで死んでしまうんじゃないか? まして彼女の住むところは北のほうだろ」 「Nさんは、まだ僕を疑っているのですか? 僕がただの気の弱い人間の男だと思っているのですか? 彼女に自分のいいことばかり、ウソを混ぜながら調子に乗って語ってしまったばかりに会いづらくなってしまった、そんな男だと思っているのですか?」 「いや、正直分からない。とても信じられる話ではないし……。でも分かったよ、約束する、彼女に会いに行くよ。彼女に会ってこの奇妙な話を伝えることにしよう」 「ありがとうございます。ではイブの日に」 カエルは早速、旅支度を整え、その夜に家を出ました。カエルの計算ではおそらく2週間はかかると思われました。もちろんN氏やMOMOはイブの日までゆっくりと過ごしました。長い時間はN氏とMOMOのふたりに考える時間を与え、何度となく行くのを躊躇わせたりもしました。
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