第1章

9/10
前へ
/10ページ
次へ
久しぶりに外に出たカエルは嬉しくてしょうがありません。もう悲壮感はどこにもありません。恋する人を目指しての旅でもあり、それがたとえ死出のひとり旅であってもカエルの表情は生まれて初めて生気に満ちていました。田んぼの畦道から山に入り、カエルはのろのろと歩きました。雨の日などはリズミカルにピョンピョンと跳ねながら少しでも時間を短縮しました。しかし季節はもうすでに冬の風を宿り、カエルは寒さに身体をブルブル震わせました。 それでもカエルは一心に北を目指しました。人間が喜ぶような爽やかに晴れた日などは、カエルにとっては悲惨なことになりました。ネットリとした皮膚はカラカラに渇いて、ボーっとする意識の中で太陽を呪いました。カエルは北へ北へと進み、やがてついにイブの日の朝にはもうMOMOが住む町のすぐ近くまでたどり着きました。カエルは強い精神力でそこまでやって来たのです。 当日まで迷っていたN氏でしたが、低い雨空を見上げ、家族に「仕事の都合」と連絡して、アトリエを出ました。車で約4時間、途中で花束を買うなどしてMOMOが住む町の丘を目指しました。車中、カエルのことが気がかりで窓外を流れる田園風景に何度も目を向けました。「死ぬなよ」と心で祈りました。そしてまた、MOMOは午後3時頃から化粧など身支度を始めました。やくざな男はイブの日に彼女と居られないことに不満をもらしましたが、すぐにどこかに電話するとそそくさと出かけて行きました。彼女は約束の30分前に家を出ました。 朝から降り続けている雨はカエルに勇気と力を与えました。奇跡ともいうべき大きなジャンプを続けさせているのです。もう少しです、カエルを包むすべての自然が彼を応援しているようでした。しかしです、雨は少しずつ雪に変わっていきました、神様のおせっかいなクリスマスの演出だったのかもしれません。おかげでカエルは寒さに力尽きてしまいそうです、もはや体力も限界です。一歩を踏み出すのにも数分かかりました。 雪は徐々に激しさを増し、辺りはもうすっかり吹雪です。それでもカエルはなんとか丘が見える場所に行こうと、降り積もる雪の中を小さく一歩ずつ這うようにして必死の思いで進んでいきます。カエルにはほとんど何の感覚もなくなっていましたが、そのことが一面の雪景色をいっそう神聖なものにしました。こんな風景をカエルは見たことがありません。神様がいるような気がしました。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加