第1章

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「敵が近いんでしょうね。もうじき敵が見えるかと」  信じて貰えるとは思っていないので、あまり適当とは言えない答えを返す。僕としては答えを知っているからそう言えるだけで、誰がこんな前線とは言え本陣に敵が来ると思うのだろうか。  しかし僕のそんな考えは呆気なく覆された。 「自分もそう思うよ。……総員抜剣! 敵は近いぞ!!」  シャンッ、と分隊六名が剣を抜いた。その動きに付いて来られなかったのは僕だけである。 「どうした? 敵が近いと言ったのは君だぞ?」 「え……あ、はい!」  慌てて剣を抜く。敵襲! という誰かの悲鳴はその動きと殆ど同時だった。  この場に騎兵は居ない。敵は隠密部隊として強襲するために。味方は最前線に居るが故に。  ここは本陣だが、残っている兵は後詰めとして待機している数百の兵のみ。冷静に見ると敵の二倍近い数の兵が居るが、その数の利は勢いでひっくり返されていた。兵はそれぞれ抜剣し戦っているものの、僕たちの分隊みたいに上手く纏まっていない。 「クレール、来るよ!」  言われるまでも無い。三十二度の死の中で学んだ経験は、確実に今の僕に引き継がれている。  正面の敵に向かって上段から斬りかかる……と見せかけ、一歩退く。敵は切り結ぶために振るった剣により僅かに体勢を崩し、僕はそれを見逃さずに剣を横に薙いだ。  突く事をしないのは、最初の方で剣が抜けずに殺されたからだ。 「いい動きだ!」  僕の隣で中尉が二人を相手取り、見事切り伏せた。他の隊員も誰一人欠ける事なく敵を屠っていく。  皆が皆示し合わせたように互いの死角を確保している。それは訓練の賜というよりも、玄人故の動きに見えた。皆は自分の役割をこなしているのに過ぎない。  一対一の強さで言えば、きっと僕は中尉より強いだろう。でも部隊同士の戦いだとまた変わる。僕は常に一人で、味方を壁にする形で多対一を一対一にしていた。だからこうやって味方の死角を消したり、二人を相手取ったりは出来ない。そういう細かなところで、やはり僕は新人だった。
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