45人が本棚に入れています
本棚に追加
「敵が近いんでしょうね。もうじき敵が見えるかと」
信じて貰えるとは思っていないので、あまり適当とは言えない答えを返す。僕としては答えを知っているからそう言えるだけで、誰がこんな前線とは言え本陣に敵が来ると思うのだろうか。
しかし僕のそんな考えは呆気なく覆された。
「自分もそう思うよ。……総員抜剣! 敵は近いぞ!!」
シャンッ、と分隊六名が剣を抜いた。その動きに付いて来られなかったのは僕だけである。
「どうした? 敵が近いと言ったのは君だぞ?」
「え……あ、はい!」
慌てて剣を抜く。敵襲! という誰かの悲鳴はその動きと殆ど同時だった。
この場に騎兵は居ない。敵は隠密部隊として強襲するために。味方は最前線に居るが故に。
ここは本陣だが、残っている兵は後詰めとして待機している数百の兵のみ。冷静に見ると敵の二倍近い数の兵が居るが、その数の利は勢いでひっくり返されていた。兵はそれぞれ抜剣し戦っているものの、僕たちの分隊みたいに上手く纏まっていない。
「クレール、来るよ!」
言われるまでも無い。三十二度の死の中で学んだ経験は、確実に今の僕に引き継がれている。
正面の敵に向かって上段から斬りかかる……と見せかけ、一歩退く。敵は切り結ぶために振るった剣により僅かに体勢を崩し、僕はそれを見逃さずに剣を横に薙いだ。
突く事をしないのは、最初の方で剣が抜けずに殺されたからだ。
「いい動きだ!」
僕の隣で中尉が二人を相手取り、見事切り伏せた。他の隊員も誰一人欠ける事なく敵を屠っていく。
皆が皆示し合わせたように互いの死角を確保している。それは訓練の賜というよりも、玄人故の動きに見えた。皆は自分の役割をこなしているのに過ぎない。
一対一の強さで言えば、きっと僕は中尉より強いだろう。でも部隊同士の戦いだとまた変わる。僕は常に一人で、味方を壁にする形で多対一を一対一にしていた。だからこうやって味方の死角を消したり、二人を相手取ったりは出来ない。そういう細かなところで、やはり僕は新人だった。
最初のコメントを投稿しよう!