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「美味しくない……?」
サラが不安そうに小首を傾げる。そりゃそうだ。こんなにも豪勢で、肉たっぷりで……美味しくないわけがない。もう会えないと思ったサラが目の前に居るのだ。あの死が自分の内側に潜り込んで来る感覚を味わってから、妙に身体が冷える。その冷たさを、このスープは和らげてくれている。
だがどうしろというのか。「僕は死にました」とでもいうのか。
何も言えない。何も伝えられない。これが夢なのか現実なのかも分からなくなった。
今が夢で、あれが現実。それともあの死はただの悪夢なのか。何も分からない。上か下かも定かではない。ただ溢れる涙が、こぼれ落ちる方が下だと教えてくれていた。
「クレール!?」
僕の涙を視界に収めた彼女がおろおろと、お玉を持ったまま右往左往する。
悲しかった。でもその姿は面白くもあった。
その所為か気付けば僕の涙は笑いに変わっていて、サラを取り残したまま笑っていた。死んだあの時、僕は心にも傷を負ったのかも知れない。
「ご馳走様!」
僕は一気にスープを平らげ、固いパンをふやかす事すらせず口に詰め込んだ。
逃げよう、とサラの手を取ればあれは回避出来るかも知れない。でもサラは困るだろう。両親を、弟たちを残して逃げようとはしないだろう。
……だったら、生き残るしかない。夢かも知れないが――――いや、夢だからこそ生き延びよう。これを神様がくれた奇跡と思い、繰り返さないようにしよう。
「待ってクレール! 待ちなさいよ!」
家を飛び出した。家族はみんな畑だろうから、寄っている暇は無い。
領主様の家までは半刻もかからないし、武器などは全てそこで支給される。だから荷物も何もかもを置いて、僕は走った。
不思議と上手くいくような気がした。あの日のように気分が高揚している。神様の奇跡を以て、僕は勇者になるんだ!
◇
「あのー……、クレールと言います。どうぞよろしく」
返答は無い。たらい回しにされた挙げ句この遊撃部隊に配置されるのは二度目なので、僕も対応というものは分かっていた。何もしないのが正解だ。
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