3人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの、それで……ナンパされてくれませんか」
あまりに真剣な顔をしてそれをいうものだから、僕は堪え切れず、少し噴き出した。
「なんか、新しい」
「あ……すみません」
この娘は、何度謝るつもりなのだろうか。
自然と頬が緩む。
風が吹く。
満たされるというか、安らぐというべきか、いつも以上に心地よい風に感じる。
それが、彼女と話したからなのか、はたまた、春という季節のせいなのか。定かではない。
定かではないが、僕も、踊ってみるのも良いかもしれないそう思い始めたのは事実。
やはり、春は始まりの季節だ。
そう期待して、何が悪い。
「どこ行きましょうか?」
「えっ……」
僕が言えば、彼女は目を見開いた。
「折角だし、ナンパされます」
「えっと、はい」
大きく瞬きを繰り返しながら、小動物が周囲を見渡すようにキョロキョロと顔を動かす。
彼女の動揺らしい動揺を見つめながら、僕は本来、どこに行く云々の前に聞かなければならないことを思い出した。
「と、その前に名前ですよね」
「あ、私も……」
彼女と僕は顔を見合わせ、お互いの困惑した顔を見て、笑いだす。
「おかしいですね、私たち」
そう言って笑う彼女を見、“こういうのも悪くない”そう思った僕は――いや、もしかしたら彼女に出会った時点から、春や頭上で咲く桜に、既に踊らされているのかもしれない。
-Fin-
最初のコメントを投稿しよう!