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【妻木よしおの秘密】
葉子の秘密を知ろうとして本人に成り済ましたのに、計らずもその彼氏の秘密を知ることになるのである。
一度別れたあと、しばらくして葉子は妻木の方を振り返った。
彼は、浅草線の乗り場につながる入り口から地下に降りていくところだった。
葉子は持ってきた帽子を被り、同じように持ってきたコートを羽織った。
それから顔にマスクを掛けた。
別れたままの姿では、気がつかれる恐れがあるからだ。
葉子は急いで妻木の後を追った。
階段を降りると、妻木は浅草線のホームに入るところだった。
「おやっ?!」
葉子はいぶかしく思った。
妻木のマンションは大田区の山王にある。
家に帰るなら、泉岳寺方面の電車に乗らなければならないはずだ。
ホームを間違ったのか、それとも家に帰る前にどこかに用事があるのか。
葉子は急いで妻木の後を追って、浅草方面のホームに入った。
あまり近づいては気がつかれる恐れがある。
葉子は、離れた位置から妻木の様子をうかがった。
妻木は誰かと携帯で話していた。
話の内容はもちろんわからない。
やがて、浅草方面行きの電車がホームに入ってきた。
扉が開いて妻木が電車に乗り込んだ。
葉子は同じ車両の違うドアから乗り込んで、妻木の死角になるように同じ側の座席に座った。
妻木の方は見ないが、目の端で妻木をとらえていた。
日本橋を過ぎて浅草橋まで来たが、妻木は電車を降りない。
電車はやがて浅草に着いた。
ふいに、妻木が立ち上がった。
そのまま浅草駅のホームへ降りた。
葉子も後について浅草駅のホームへ降り立った。
妻木はどこへ行くのだろうか。
外へ出ると、妻木はタクシーに乗った。
あわてて葉子もタクシーに捕まえて乗り込んだ。
そして、運転手に前のタクシーの後を追うように告げた。
運転手は慣れているのか、客のプライバシーに触れることを憚る教育を受けているからなのか、怪訝な様子も見せずに、ふたつ返事ですぐに妻木の乗ったタクシーを追い始めた。
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