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【見知らぬ男】
妻木のタクシーは、言問通りから国際通に入って浅草ビューホテルの前で止まった。
車から降りると、妻木はビューホテルの中へ入っていった。
葉子もタクシーに料金を払って、ビューホテルで降りた。
中に入ると、妻木が年輩の男性と喫茶店の中で挨拶を交わしているところだった。
かなり親しそうで、どうやら初対面ではないらしい。
喫茶店には軽食もあって、二人は軽めの夕食を食べ始めながら、なにやら楽しそうに話している。
同じ大学の教授であろうか。
でも、仕事の話をしているようではない。
葉子はコーヒーを注文して、妻木から見えない方向に席を取って、妻木の相手の男性を観察した。
ブランドもののスーツに身をつつんだ男性は、いくつくらいだろうか。
妻木よりはあきらかに年上だが、髪はまだ真っ黒である。
40代の後半くらいであろうか。
二人は食事を済ませると、そのままツインの部屋を取り、一緒に部屋の中へと消えていった。
一体どういう相手なのだろう。
一見したところでは、普通のサラリーマンには見えない。
会社の役員か、医者か、あるいは弁護士のようでもある。
いずれにしても、社会的に身分のある男性のように見えた。
妻木も35才でK大学の准教授だから、決して身分が低い身ではない。
それ相当の相手ではある。
しかし、自分のマンションが都内にあるのに、なぜ浅草のホテルに泊まる必要があるのだろう。
相手が遠来の客ならば、客だけホテルに泊めて、自分はマンションに帰れば事足りるはすだ。
何か泊まりがけでなければ話せない、秘密の話でもあるのだろうか。
葉子ならば、この時点で引き返すに違いない。
しかし、今や葉子の主は江梨である。
江梨は、この男のことをもっと知りたかった。
それは、妻木が江梨のタイプど真ん中の男だったからかもしれない。
葉子になりすました江梨は、大胆にもホテルのカウンターに行き、妻木達が取った部屋の隣の部屋に泊まることにした。
片方の部屋はふさがっていたが、もう一方のシングルの部屋は空いていた。
江梨は、妻木達が泊まることになっていた部屋の隣に自分の部屋を取った。
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