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江梨は、自分の部屋に落ち着くと隣の部屋の声に耳をすましたが、ほとんど話し声は聞こえなかった。
プライバシーの保護のため、ホテルの壁は厚い上に防音加工を施してあった。
江梨は、ホテルを抜け出して隣の部屋を盗聴するための道具を調達に出かけた。
カッパ橋道具街に着くと、
上戸を1つ買った。
部屋に戻って壁に上戸を押しつけると、隣の部屋の音はかなりはっきり聞こえた。
テレビから音が漏れている。
二人はまだ何も話していないようだ。
もし、相手の男が妻木の家族や親戚なら、江梨はとんだばかばかしいことに首を突っ込んだことになる。
しかし、江梨には確信があった。
妻木にはなにか秘密がある。
そして、今日会って一緒に泊まることになった男性は、妻木のその秘密になんらかの関係がある人物に違いない。
夜の11時になって、二人はやっと世間話から話の核心部分に入り始めた。
「君が部落出身者だということを知っているものは、君の回りに今でもいるのかね。」
年輩の男がまず口を開いた。
「いや、今僕の回りにいる人は誰もそのことを知りません。」
「うん、それは結構だ。法律ができて、面と向かって部落差別的言動をする人はいないだろうが、やはりある人々の心の中には部落差別的な感情が依然として今でもある。」
「そうですね。僕も高校時代までは地元にいましたから、ずいぶん陰口を言われました。」
「僕の場合は関西だったから、「穢多【えた】」と呼ばれて忌み嫌われていた。君も同じ関西だったね。」
「そうです。
関西出身者の美人女優のYSも、そのことでずいぶん陰口を言われたようです。」
「ふむ、法律が出来ても、世間はやはり甘くない。偏見は至るところにある。
私も受けた一流銀行はすべて不合格となり、就職しようと思ったら、身上調査の厳しくない中小企業しかなかった。
だから、それくらいなら自分で起業した方がいいと思い、筆舌に尽くしがたい辛酸をなめて、今では俺を不採用にした銀行が向こうから頭を下げてくるようにまでになった。
金は嘘をつかないし、人を差別もしない。
だから、金を武器にして社会の上層部にのし上がったのだがね。
金で人を差別するのが世の中だ。
わたしは出自は変えようがないから、すでに出来上がった組織に着くのは難しいだろうが、一匹狼でも社会の中で自分に実力をつければ、稼いだ資産がものをいう世界で勝てる。
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