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第2章 生まれ変わる人
【別人の世界】
最初に江梨は、何になろうかと考えた。
しかし、いくつかの疑問があった。
たとえば、自分の知人になったとしたら、その人が同時に二人現実に存在することになる。
遠いところに行けば混乱は起こらないかもしれないが、知人になりすますのは、この場所で知人にになりすますからおもしろいのだ。それには同じ人間が二人いては困る。
鏡を持った者の疑問には、鏡が答えるとその裏面に書いてあった。
古代エジプト語で鏡に聴けば、答えてくれるという。
わたしは、さっそく鏡に聴いてみた。
鏡の答えは、
【なりすましの人間が存在する間は、本当のその人はこの世から一時消える。
そしてなりすましが終わったあとは、なりすましの人がした行動は本人の記憶となり、そのまま生きていくのだ】
というものだった。
なりすましたわたしの方には、なりすましから解き放たれたあとは、なりすまし中の記憶は全て消え去ることになる。
現実の自分に戻った後は、他人になっていた時の記憶は残らない。
江梨は、まず大学のゼミの川口葉子准教授の生活を覗いてみようと思った。
彼女が好きだったからではない。
逆に、ゼミの時の変にネチネチした彼女に対するいびりともいえる態度に対して、常日頃から腹に据えかねていたからである。
江梨は、日頃の鬱憤を押さえつけて葉子に好意を持っているように装った。
効果はすぐに現れた。
ゼミで葉子に好感を持たれるように振舞い、さらに葉子のプライベートにまで関われるように用意周到に準備をした。
次第に葉子は江梨に心を許すようになり、女子会に誘い、時にはプライベートな打ち明け話までするようになり、とうとう家に入り込めるようにまでになった。
葉子のマンションに遊びに来るように誘われた日、江梨はあのファラオの魔法の鏡を持って行った。
「あら、綺麗な鏡ね。」
葉子は江梨の持ってきた鏡を見て言った。
「ええ、エジプトに旅行したときに見つけて買ってきたんです。」
~ふふふ、もうすぐお前の生活はわたしのものだ~
「江梨ちゃん、ちょっと失礼してシャワー浴びるわね。」
葉子はすでに江梨を名字の須藤ではなく、名前で呼ぶようになっていた。
葉子は、身体につけていたいくつかの装身具を外して浴室に向かった。
やがて浴室からシャワーの音が聴こえてきた。
今がチャンスだ。
江梨は鏡に向かって呪文をとなえた。
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