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【葉子を取り巻く男たち】
結婚する気などさらさらない。
近所のレストランに行って軽い夕食を済ませてマンションに戻ってくると、留守電が一件入っていた。
妻木よしおからだった。
明日の日曜日の午後12時に東銀座で待ち合わせて昼飯を食べたあと、歌舞伎を見ようという誘いだった。
妻木は、K大の文学部の准教授だった。
同じ講演会の講師として知り合い、つきあいはじめてからもう3年になる。
その間、妻木は一度も彼女に性交渉を迫らなかった。
自分にそのような魅力がないのかと問い詰めたことがあったが、妻木は曖昧に言葉を濁すだけで口を閉ざしてそれ以上は語らなかった。
結婚しようと言われてから、1年経つが、葉子は何か妻木に秘密の匂いを感じていて、返事を伸ばし伸ばしにしていた。
性的に魅力を感じないわたしを都合のいい結婚相手に選びながら、自分は陰で好きなタイプの女と遊んでいるのだろうか。
もしそうなら、結婚してもわたしは都合のいい妻として囲われながら、この男の好き勝手な人生につきあわされるのだろう。
そう思うと、結婚するための条件としての社会的地位や経済力は合格だが、一緒に生活する人間としては信用できるとは思えなかった。
それならさっさと別れればいいのだが、今年32才になる自分にこの先もっと条件のいい相手が現れる保証はどこにもなかった。
一生独身を通していく覚悟はまだなかった。
葉子は妻木に電話をして、明日歌舞伎を観に行くことを承知した。
交際を辞めることはいつでもできる。
わたしはわたしで、心のすき間とまだまだ燃えている女としての体の欲求を別の男で満たしているのだから、原因を作ったのは向こうだとしても、結果としては私も同じことをしている。
また電話がなった。
弓木達哉からだった。
インストラクターの斉藤とつまらないことでいさかいを起こして、断絶状態になっていたときに葉子に近づいてきた男だった。
葉子が通っていた美容院の雇われ美容師だ。
斉藤と喧嘩別れした勢いで、彼の欲求を受け入れた。
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