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【結婚候補の男】
翌朝目覚めると、すでに10時になっていた。
12時に妻木と待ち合わせだ。
急がないと、二度も続けて約束をすっぽかしかねない。
あわててベッドから起き上がると、シャワーを浴びてトーストとコーヒーで急いで朝食を済ませると、最少限の化粧をしてマンションを出た。
すでに11時半になっていた。
西麻布のマンションから六本木駅まで歩いて8分。
電車で東銀座まではおよそ12分。
歌舞伎座に着いたのは、12時3分前だった。
いつも通りにスーツに身を包んだ妻木が待っていた。
背も高く、見た目はかなりイケメンなんだが、セックスレスはいただけない。
こちらはすでに夢見る少女じゃないんだ。
「待った?」
「いや、僕も今来たばかりさ。」
声もさわやかだ。
一緒に歩く相手としては申し分ない。
ちょっと誇らしくさえある。
中に入って、歌舞伎座の一番いい弁当を買う。
弁当代は私が出す。
チケットは、一等席のペア券を彼が用意していた。
弁当を食べたあと、並んで歌舞伎を観る。
春にふさわしく、舞台では義経千本桜を上演していた。
5時に全ての演目が終わり、外に出た。
二人で蕭洒なたずまいの喫茶店に入ると、葉子はカフェ・ロワイヤルを、妻木はロシアンティーを注文した。
ロシアンティーには、イチゴのコンフィチュールが付いていた。
妻木はそれをカップに入れてかき混ぜると、うまそうに飲んだ。
この人は、酒はワインくらいしか飲まないが、めっぽう甘党だ。
妻木は、ロシアンティーのほかにチーズケーキも注文して食べた。
歌舞伎の一等席はかなり高いので、その他のデート費用は私が持つ。
喫茶店を出たあと、彼と東銀座駅で別れた。
妻木は、大田区の山王に住んでいる。
東銀座からは、浅草線で泉岳寺まで行き、東急に乗り換えて品川で降りて、JRで大森に帰るのだ。
日比谷線で帰る私とは乗り場が別になる。
歌舞伎座のある交差点で右と左に別れた。
いつもなら、それでまっすぐ西麻布まで帰ってくる。
しかし、今日は少し違った。
私と別れた後の、妻木の行動が気になった。
その日、わたしは彼のあとをつけることにした。
何で急にそう思ったのか、今でもわからない。
多分、女の感とでもいったらいいのか。
その目に見えない力に引きよせられるようにして、その日、わたしは妻木の秘密を知ることになるのである。
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