第2章 生まれ変わる人

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【結婚候補の男】 翌朝目覚めると、すでに10時になっていた。 12時に妻木と待ち合わせだ。 急がないと、二度も続けて約束をすっぽかしかねない。 あわててベッドから起き上がると、シャワーを浴びてトーストとコーヒーで急いで朝食を済ませると、最少限の化粧をしてマンションを出た。 すでに11時半になっていた。 西麻布のマンションから六本木駅まで歩いて8分。 電車で東銀座まではおよそ12分。 歌舞伎座に着いたのは、12時3分前だった。 いつも通りにスーツに身を包んだ妻木が待っていた。 背も高く、見た目はかなりイケメンなんだが、セックスレスはいただけない。 こちらはすでに夢見る少女じゃないんだ。 「待った?」 「いや、僕も今来たばかりさ。」 声もさわやかだ。 一緒に歩く相手としては申し分ない。 ちょっと誇らしくさえある。 中に入って、歌舞伎座の一番いい弁当を買う。 弁当代は私が出す。 チケットは、一等席のペア券を彼が用意していた。 弁当を食べたあと、並んで歌舞伎を観る。 春にふさわしく、舞台では義経千本桜を上演していた。 5時に全ての演目が終わり、外に出た。 二人で蕭洒なたずまいの喫茶店に入ると、葉子はカフェ・ロワイヤルを、妻木はロシアンティーを注文した。 ロシアンティーには、イチゴのコンフィチュールが付いていた。 妻木はそれをカップに入れてかき混ぜると、うまそうに飲んだ。 この人は、酒はワインくらいしか飲まないが、めっぽう甘党だ。 妻木は、ロシアンティーのほかにチーズケーキも注文して食べた。 歌舞伎の一等席はかなり高いので、その他のデート費用は私が持つ。 喫茶店を出たあと、彼と東銀座駅で別れた。 妻木は、大田区の山王に住んでいる。 東銀座からは、浅草線で泉岳寺まで行き、東急に乗り換えて品川で降りて、JRで大森に帰るのだ。 日比谷線で帰る私とは乗り場が別になる。 歌舞伎座のある交差点で右と左に別れた。 いつもなら、それでまっすぐ西麻布まで帰ってくる。 しかし、今日は少し違った。 私と別れた後の、妻木の行動が気になった。 その日、わたしは彼のあとをつけることにした。 何で急にそう思ったのか、今でもわからない。 多分、女の感とでもいったらいいのか。 その目に見えない力に引きよせられるようにして、その日、わたしは妻木の秘密を知ることになるのである。
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