第1章

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 爪も乙女の彩り。カラフルにややデザインを交えて塗られたそれは、男を惑わせ狂わせる魔性の装飾。と、あまねく乙女は信じたがる。女子力とは恋され愛され引力だと信じ、自分磨きはまるで今日も輝く天上の恒星を自らとすること。  そうだ乙女はすべからく爪を愛している。何度も祈るその言葉は、最高の美爪となれ。例えば平べったい爪に生まれた乙女は、運命と仲違いし両親のくれた遺伝子を呪いこんもりとつけ爪を盛りつける。とがり爪なライヴァルへの嫉妬から来る乙女力の薦め。おかげで甘皮はいつでも剥がされ、深爪は御法度、伸ばされる。  長すぎれば切らずに丁寧にヤスリで縮めナノだとかピコだとかそんな繊細な滑らかさへ手間も惜しまない。父の禿頭より遙かに磨き込む事にも余念がない。飾り立て彩られ絢爛豪華極彩色。  爪の美しさは乙女の証左。ツノある凶暴な女の子恋実もそう考えていた。  帰宅後は眼前のこれまた視界の薄き甘皮うろこワンデイを外し、所謂リラックス用お気楽家メガネ越しに恋実はいつも自分を見つめる。昨日よりも今日が可愛いだろうか、明日はもっと可愛いだろうか。昨日の方が可愛いと感じたところでそれは今日のメガネが曇っているだけ。ただそれだけ。恋実の毎日はこれまで平和であった。これまでは。  言うなれば悲乙女、思い出す今日のリアルな現実は無惨である。悲惨である。散々である。彼女が一生懸命牛乳一気飲み三本勝負を繰り返す事でカルシウムを取り強化しているつもりが悲しいかな所謂ブラシーボ。ツメはカルシウムではなくケラチンなる蛋白質でできているので無意味な強化努力であったのだが、恋することは思い込みに希望を見つけたり。信じれば伸びるもっと強くもっと長く、横恋慕のライバルを蹴散らす鋭さは、世が世ならば深紅に染まる野生の先端。深夜の悪夢よろしく黒板の不協和音を刻む具合に伸ばした人差し指の爪は、しかしめ 00ためたである。「しめたしめた」ではない。一言で言える感想「あほ」そのものの現実的結論、指先が鍵穴に刺さったことに気付かず、楽しく今日の予感にくだらないドアを閉めようとして、あわれ破壊されたのだ。  文字通りの、「閉めた閉めた」がバカを見た。
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