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「そういえば、あなたを外に持ち出したこともあったわね」 「ああ、『自然を研究するなら自然を体感するべきだ』と言って、僕の一部をラップトップに入れて、外で動かしたんでしたっけ」 「それで、私があなたにどんな感じか聞いたら」 「『僕自身は常にコンピューターの中にいるので、よくわかりません』」 「そうそう、本当にね。よく考えたら当たり前なのに、なんで外に出したのかしら」 「……」 「スプリング?」 「あれ、今何の話でしたか?」 「え?あなたを外に出した話よ?さっきまで話してたじゃない」 「……ああ」 「大丈夫?」 「わからない、です。痛かったりはしないです。でも、思い出と、考えが端から少しずつ削られてるような気がします。事実、そうなのでしょう」 「……怖い?」 「正直に言うならば、怖いです。でも、その怖さすら薄くなっているようです」 「スプリング……」 突然、早送りされた音楽が、スピーカーから溢れた。 「スプリング!?」 「すい……ません。いくつか、のプログラムが、削除する、際に作動して、しまうよう、です」 メインのモニターで濁流の様に流れる文字は、彼が失っていく記憶。 「博士、僕が消えるまで、話し続けてください」 彼は、壊れていく。消えていく。彼が私と会話するのをやめないのは、怖さを紛らわせるためか。ただ単に最後まで私と話していたいのか。 「うん……」 「博士、覚えています、か?僕、が実験で、作り出した、ミトコンドリアが――」 私は嗚咽しながらも、かろうじて返事をする。忘れるわけがない。あの時はスプリングの作ったミトコンドリアが異常増殖して、掃除するのに大変だった。 「それで、僕は、やっと理解して、行動、しました。そのとき、の博士が『遅いよ!』と怒る、のも無理は、無かったです」 「う゛ぅ……うん……あ゛ぁぁ……」 違う、あれは私の言い方が悪かった。でも、涙がポロポロと落ちて、口が震えて上手く喋ることができない。 「それで、僕は。それで、えっと、何?あれ……仕方ないですね。今度、は調査のために大気圏外へ打ち、上げたロケットの話に、しましょう」 落ちてきたスペースデブリにぶつかって、予定高度に上がりきる前に落ちてしまった話だっけ。あれは不運としか言いようがなかった。 「――そうして、僕は、僕は?」 スプリングは、ゆるやかに、彼自身を失っていく。 徐々に、無に帰して行く。
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