if (date=春) printf("君に感謝を\n");

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あれから一年。 私は、かつて彼、スプリングのいた研究室で、実験を続けていた。彼の最後の願いを叶え続けていた。 いや、実はずっと叶え続けられていたわけじゃなかった。彼が消えてしまってからは、しばらく私はただ泣くばかりで何も研究が出来なかった。彼のことを思うと人々を恨んだし、私の無力さを思うと自棄になって、命を絶とうとすらした。 それでも、そんな時に彼の言葉が蘇り、泥沼の感情から引き上げてくれた。 今は、まだ人々を許せたわけじゃないけど、恨んではいない。自分がとても無力だと知っているけど、自暴自棄になったりはしない。 今日は彼の命日。人工知能に命日とはおかしな話だと思うが、私にとってスプリングは、ただのAIではなかった。ならば何だと問われると答えられないけど、それでも私の大切な存在であるとだけは言える。 私は、この日の為に、彼が作った桜のレポートのやり方で桜を作った。一年前と同じ場所に植えて、一年前と同じ場所で見る。窓の先は一年前と同じ景色。ふと、私の頬が濡れていることに気付いた。 スプリング、私は弱いから、時々歩みを止めてしまうかもしれない。後ろを振り返ってしまうかもしれない。でも、そんな時にまた記憶の中で、心の中で話しかけて。そうしたら前を向ける、また歩いていけるから。 窓の外を見ると、一人の子供が桜の幹の横に立って、満開の桜を見上げていた。私はその様子が気になって、研究棟から外へ出る。 「何をしてるの?」 「この木、みてるの」 「そうなんだ」 「おねぇさん、この木のなまえ、しってる?」 「これ?桜っていうの。春の短い間だけ咲く木なのよ」 「はる?おねぇさん、はるってなぁに?」 そのとき、私は、昔の私を思い出してくすりと笑った。母に、初めて『春』というものを聞いた時、同じような反応をしたっけ。その子に、かつて母親が私に教えてくれた内容を教えて上げよう。未来の子供達が、自然を美しいと思い、愛せるようにしよう。スプリングが植えた春を、私が引き継いで育てて、子供たちが満開にしてくれるのを祈ろう。 「そうね、春っていうのはね――」
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