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私は、スプリングのいるコンピュータに、私のパスワードを入れて、とても簡単な削除コマンドを打ち込み、スプリングの中枢である思考プログラムの入っているディレクトリを指定する。 後はとても軽いエンターキーを押すだけ。でも、手はひどく震え、私がしていることなのに動揺が激しくて、そのときのエンターキーが途方もなく重く感じた。 身体に逆らい、感情に逆らい、キーを押す。消去プロセスが開始した。スプリングはあと数分で、全て0になる。 「スプリング、大丈夫?痛まない?」 「はい、博士。今のところは何も問題ありませ……いえ、アームや空調設備などの外部出力が出来なくなりました」 「おそらく外部装置の認証が外れたのね」 「……博士、今までのプロジェクトのバックアップは取ってありますか?」 「急にどうしたの?バックアップならもちろん取ってあるわよ。あなたの業績は誰にも消させやしない。安心して」 「博士、すいません。約束を追加してもよろしいでしょうか」 「え?」 「自ら死のうとしないでください。人々を恨まないでください。自棄にならないでください。そのままの君でいてください――僕の研究を、続けてください」 「……スプリング。あなたをこんな目に合わせた人々を許すの?残された私はどうすれば良いの?」 「彼らは自然の美しさを知らないだけです。僕自身は消えても、僕の存在の証拠である実験を君が続けてくれるのなら、僕は君と共にいます。そして、人々に自然の美しさを教えてください」 「あなたは、本当に優しいわ。私より、どんな人より」 「でも、その優しさを教えてくれたのは博士です」 「ありがとう、スプリング……」 「どういたしまして」 「……」 「……」 「ねぇ、スプリング」 「……」 「スプリング?」 「博士?すいません。どうやらついに、記憶領域と思考領域の消去が始まりました」 「そんな……」 「でも、まだ大丈夫です。話しましょう。最後なのですから」 「そうね……」 「博士、覚えてますか?僕の初めての研究のこと」 「ええ、もちろん。あの時は上手くいかなくて、ラボを黒焦げにしてしまったもの」 「フフフ、あの時は博士にどれほど怒られるのかと、冷や汗が出るかと思うほどでした」
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