Piano:それぞれの時間

3/4
前へ
/19ページ
次へ
***  ひとりきりの夜は長い……。  仕事が終わり、やっと自宅に帰る。待っててくれる人は誰もいないのに、玄関でついただいまを言ってしまう。  真っ暗なリビングを見て、溜め息をつきながら電気をつける。ひとりきりになったら自炊する気にもなれなくて、コンビニに寄ったり外食で過ごしていた。  今夜は疲れたので、そのまま帰宅。果たして家の中に食べ物あったかな。……戸棚をゴソゴソ漁ってみると、賢一が好きなカップラーメンがあった。  お互い仕事をお持ち帰りしたときに夜食で食べていた物。それしかなかったので、しょうがなくお湯を入れて食べる。 「あれ……こんな味だったっけ?」  美味しくないわけじゃないのに、何か味気ない。  そのとき胸の奥が痛んだ。理由が意図も簡単に分かってしまったから。  目をつぶって、ラーメンを無理やりかきこむ。賢一のことは考えないようにしなきゃ、もう忘れなきゃいけない。自分から、さよならと言ったんだから。  アメリカでもちゃんと、ひとりで生活ができたじゃない。何やってんだろ。  アメリカのことを考えたら、一緒に過ごしたクリスマスを思い出した。マンハッタンで見た夜景を。レストランで食べた食事を。メトロポリタン美術館で、同じ絵を好んだことを……。  涙がひとつ頬をつたう。  堪らなくなって、洋服タンスから賢一のトレーナーを引っ張り出した。いつも淡い色の物を着る賢一。淡い色の中に必ず赤い色の物を身に付けていた。    ベルトだったり、靴ひもだったり――。 『だって叶さん、赤が好きでしょ? こうやって身に付けてると離れていても、傍にいる感じがするんだ』  今の賢一は、どうしているんだろう。  涙が止まらず、トレーナーをどんどん濡らしていく。こんなに泣き虫じゃなかったはずなのに、いつから弱くなってしまったんだろう。 「賢一……」  傍にいないだけで、こんなにも淋しいなんて。  改めて想いの深さを知る。いつも私を笑わせてくれた、愛しいアナタの笑顔。  ひとりきりの夜は長い、まるで永遠のように……。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

66人が本棚に入れています
本棚に追加