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去年までは二週間ちょっとで叶さん切れ起こして身悶えていたのに、現在その兆候は全くといっていい程ない。俺も大人になったなぁ。
多分叶さんが俺に対して口に出さないけど、好意というか愛情みたいなものを表現してくれたからじゃないかと思う。
外では疲れたとかキツイとかを顔に一切出さずに、穏やかでにこやかに仕事をしている叶さん。後輩を叱っているときの口調と、俺を叱っている口調が明らかに違うからね。
「こういうミスをすると周りに迷惑がかかるんです。きちんと考えて下さい」←後輩
「賢一っ、何でくだらないミスばかりするのっ。このバカ!」←俺バージョン
気が付いたら賢一くんから賢一って、呼び捨てになっていた。だけど俺は叶さんを、どうしても呼び捨てになんてできない。何だか恐れ多い気がする。
そんな彼女が仕事から帰ったとき、一番にすることがあった。
いきなり俺にしなだれかかり、ぎゅっと抱きつく。何でも落ち着くそうで、俺も叶さんの体に腕を回そうとすると――
「勝手に触らないっ!」
なんてビックリするくらいにすっげー怒る。それでも嬉しかった。俺だけに見せてくれる叶さんの甘えた姿に、胸がジーンとするのだ。
日本でこの状態の叶さん、アメリカではどうしてるかって?
本当は俺を抱き枕にして、持って行きたかったらしいのだけれど(後日電話でそう言われた)しょうがないから、俺の洋服を数点持って行った。
それで我慢しているらしい。そんなもので、寂しい現状をしのげているのだろうか……。
日本にいる間に叶さんから貰ったたくさんの愛情を思い出して何とか頑張っているけど、叶さんは大丈夫かな。
道端で突然倒れたところに金髪で青い目をした青年に助けてもらって、あまりのかっこ良さに恋に落ちた。
なぁんてことになっていたら、本当にどうしよう←激しい妄想癖
しかも現在水戸さんも傍にいることだし(本人は奥さんとよりを戻すって言ってたけど、やっぱり不安だよ)
無駄に妄想している午前四時、叶さんからそろそろ国際電話がかかってくる頃だ。あっちのとの時差マイナス十四時間。お互い別々の時間を刻んでいるけど、電話で声を聞きながら目を瞑ると傍にいるように感じる。
俺の大切な幸せのひととき――
じーんと幸せに浸っているときに、電話のベルで現実に戻る。慌てて2コールで出た。
「賢一、おはよう」
「叶さん、おはようございますっ」
今日も元気そうな叶さんの声色に安心する。
「水戸さんから話をいろいろ聞いてるわよ。賢一がそっちで頑張ってるって。まるで自分のことのように自慢するの。それが可笑しくって」
クスクス笑っている叶さんに、釣られて俺も笑う。
「俺、頑張って、夏休みそっちに行こうと思ってさ」
ボーナス叩いてアメリカに行く。叶さんに会いに……。
「そのことなんだけど、私には夏休みがないみたいなんだ」
「うそっ……」
じゃあ俺が行っても邪魔なだけ。つぅか、何していいか全然分からない。
一気にテンション下がった俺に、叶さんがある提案をする。
「その変わり、冬休みはたっぷりもらえることになってるの。一緒にマンハッタンのイルミネーションを見たり、五番街をブラブラするのもいいよね。足が棒になるのを覚悟で、メトロポリタン美術館を巡ってみる?」
冬休み、クリスマスだもんな。恋人同士、ニューヨークでラブラブデート! ――ってまんまと叶さんに乗せられている気がする。
ガッカリするであろう俺に、先手を打つ彼女の鮮やかな采配に為すすべがない。
「分かった。夏休みはこっちで大人しく、ギターを弄って我慢するよ」
「冬休みにこっちにきたら、賢一をここぞとばかりに独占して可愛がってあげるから、覚悟しておきなさいよね」
可愛がるの意味が二通りあるんだけど、どっちなんだろう……。でも独占って言葉が嬉しい、俺も叶さんを独占するもんね。
「うん。冬休み楽しみに仕事頑張る。覚悟してそっちに行くよ」
「それじゃ、また」
そう言って、叶さんは電話を切る。
いつも叶さんからかかってきて叶さん自身が切るのを確認してから、俺は受話器を置くようにしていた。
以前、またねって言ったので切ろうとしたのだけれど、なぜか叶さんは切ろうとしなかった。多分寂しかったんだろう。その寂しさのせいで電話が切れなかったと思われる。
無言で繋がるテレフォンライン。傍にいてあげられないもどかしさに、声をかけることもできない。
だけど――
「賢一、ありがと……」
囁くように言って、電話を切った叶さん。
離れているからこそ、互いを想い合える距離感に感謝する。前まで見えなかったことが、クリアに見えるんだ。
そんな日々をやっと二年間送り、明後日叶さんが帰国する。もう俺は一週間前からテンション上がりまくりで、がっつりまさやんに叱られた。
「どんだけ舞いあがったら気が済むんだ? お前のミスがみんなに繋がるんだぞ。もっと気合入れて練習しろよ!」
バンドリーダー兼マネージャー兼ボーカルのまさやんの叱責!
はいはい、オイラが悪ぅございました。
肩をすくめて小さくなりながら、きちんとギターを弾く。
叶さんが帰ってくる。それだけで胸がいっぱいだった。
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