Piano:遠距離恋愛のとき

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***   「今日のまさやんのキレっぷりは、いつもより凄かったなぁ」  でもその原因を作っているのは、俺なんだけどね。だってあと3日で叶さんが帰ってくる。どうしても心がウキウキして抑えられないんだ。  冬休みの数日間を使ってあっちに行ったけど、ラブラブどころか、やれテーブルマナーがなってないだの私の言うことをちゃんと聞けだのと、思った通りの可愛がりようだった。俺のために教えてくれるの分かっているけど、叶さんってば容赦なさすぎ……。  周りはクリスマスだからカップルがそこらへんで熱いキスをしているというのに、叶さんにブッ飛ばされてる俺っていったい。  ま、それ以外は、それなりに過ごしたんだけどね←多くは語れない  でもここは日本! テーブルマナーはいらない! だってお箸の国なのだから。  御機嫌になった俺は音楽雑誌をゴロゴロ寝転び読みながら、ふふーんと頭の中で作曲していた。いいメロディラインができかけたそのとき、呼び出しベルを長押し状態で主を呼ぶ。 『ピンポンピンポン ピンポンピンポン……』  折角のメロディが消えたよ、まったく。どこかの旦那が自宅を間違って、奥さんを呼んでいるんじゃないか? 前にも迷惑な時間帯に、同じようなことがあったもんな。  よっこらせと立ち上がって覗き穴を確認せずに鍵を開けて扉をあけると、派手な色のコートを着た青白い顔の女の人と目が合う。  その人は相変わらず、ベルを長押ししたままこっちを見た。思わず扉を閉めてしまう。現実が受け止めきれなくて、右手で口元を押さえた。  ナンデ、ココニイルンダ?  今度は大きく扉を開けて、その女の人をマジマジと見て、しっかり確認した。  叶さん――?  よく分からないが、体がガクガクと震えてしまった。 「彼女が帰って来たんだよ。何か言うことくらいあるでしょう?」  やけにかすれた声で言う。 「お……お帰りなさいです、叶さん」  やっと言うと、勢いよく俺に飛びつく。その勢いにふらついてしまった。耳元に熱い吐息がかかる。 「やっと帰って来たよ賢一、ただいま……」  そう言ってぎゅぅっと腕を締めつけてくる、懐かしいぬくもり。    抱きしめたら多分叱られると思ったので、その状態で俺は叶さんを自宅に入れた。  しばらくの抱擁の後やっと解放されてから、玄関前に放置されているであろう旅行鞄を取りに行く。 「でも叶さん、帰国は3日後だって聞いてたから、びっくりしちゃったじゃないか」  リビングに戻ると、ぼーっとした様子で突っ立っていた。もしかして時差ボケ?  心配になって顔を見ると、相変わらず青白い顔色をしている。しかも口で息をしているなんて、ちょっとおかしい。 「賢一……寒い……」  かすれた声で言うや否や、今度は体をガクガク震わせた。その様子に、すべてを悟るしかない! 「叶さん、ダメじゃないか、無理したんだろ。早く帰ってこようと思って、24時間中20時間くらい、ぶっ続けで働いたんじゃないの?」 「そこまで働いちゃいないわ」 「でもね、もう年なんだから、考えて動かないとダメだよ。そうやって体にガタがくるんだから」 「人を年寄り扱い……何て失礼な……ゴホゴホッ!」  咳き込みだす叶さんに、俺は引き出しから体温計を取り出して口に突っ込む。そして布団を敷き、旅行鞄の中からパジャマらしき物を引きずり出して、叶さんの手に持たせてあげた。  ちょうど体温計が鳴ったので、口から抜いて体温計測。おいおい、39度ありますけど! 「それ着て、早く寝て下さい。今すぐにっ!」 「そんなに、怒ることないじゃない」  ぶつくさ文句を言いながら、着替える。 「少しでも早く会いたかったのに。でも賢一が想像しているよりは、無理してないつもりだったし……。飛行機の中が乾燥していただけじゃなく、こっちは寒いし……。ゴホゴホッ!」 「でもね、叶さんのそんな姿を見たくない。俺に悪態ついてブッ飛ばすくらいの元気な叶さんじゃないと、意味がないんだから。もう心配させないでよ、愛してるんだから」  着替えている叶さんに背を向けながら言うと、なぜか後ろから拳骨が飛んできた。殴られた頭を撫でながら後ろを振り返ると、叶さんがすっごい顔で睨みを利かせる。 「私が言おうとしたことを先に言わないでよ」 「は?」 「愛してるんだから!」 「叶さん……」  熱でうるんだ瞳で俺を見上げる叶さんを喜び勇んで抱きしめようとしたら、スカッとかわされた。 (あれ、そこは抱きしめ合って、キスしなきゃならない場面じゃない?)  そんな俺を尻目に、さっさと布団に入って横になる。その背中には『病人に手出し無用』と書いてあるように見えた。  俺としたことが叶さんが帰ってきたのがやっぱり嬉しくて、妙に舞いあがってる。太平洋で隔てられていた距離が、一気に縮まったのだ。よく頑張ったな。 「賢一、寒い……」 「じゃあ、毛布を足しますね」  押し入れに手をかけよとしたら、布団からまた声がする。しかも片手を伸ばして、俺の足首を掴む叶さんに、俺はギョッとするしかない。 「賢一が人間カイロになってくれたらいい。早く布団に入って、ゴホゴホッ!」  人間カイロというフレーズにちょっと笑いながら、いそいそ布団に入った。布団の中でガクガク震えている叶さんを、そっと抱きしめてあげる。  よし、殴られない。 「この適度な力加減の、抱きしめ方が好き……」  かすれた声で言うと、俺の体をぎゅっと抱きしめてくる。  俺としては殴られるかもしれないというのがあるので、恐る恐る抱きしめる形になっているだけなのだが。 「ゴホゴホッ。賢一、暖かい」 「俺よりも叶さんの方が熱いですよ。熱がまた、上がったんじゃないですか?」  長い髪を撫でながら言うと。 「賢一にお熱だから、しょうがないでしょ」  なぁんて可愛いことを言ってくれる。叶さんの素直な具合が、ちょっと(いや、かなり)怖い。    会いたさのあまりに、生き霊を見てるんじゃないよな、なぁんて思ってしまった。 「叶さん、お腹すいてないっスか?」 「賢一でお腹いっぱいだから、大丈夫」  ひ――? やっぱり怖い怖い。これは風邪が言わせているんだ、病気なんだ。 「叶さん……」  俺も叶さんをぎゅっと抱きしめようとしたら、突然布団から追い出された。無様にゴロゴロ寝室を転がる。 「あっつい、苦しい……ゴホゴホッ!」  布団の中で身悶える叶さんに、苦笑いを浮かべるしかない。 「俺、水枕作ってきますね……」  一緒に水でも持って行ってあげよう。そういや冷凍庫に、バニラアイスが入ってたな。  こうして俺は、叶さんの看病に明け暮れた。  叶さんらしい、ただいまの仕方だなぁ。
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