Piano:決別

3/6
前へ
/19ページ
次へ
※ここでの内容の一部は掲載している【FF~フォルテシモ~】とリンクしております ***     今日は会長命令で、お孫さんの護衛役を仰せつかっている。買物だけの外出なのだが、あまりの可愛らしさに変な男が寄ってくるかもと心配した会長が、俺を抜擢した。  何だかよく分からないが、目をかけられている。会長とは話をしたことがないんだけど……。 「山田くん、ごめんなさい。お仕事中なのに、おじいちゃんが我が侭を言っちゃって」 「大丈夫だよ。ちょうど煮詰まってたトコだったから、逆に助かったしさ」  彼女とは同期で入社していた。でも部署が違うので、なかなか会う機会がなかったのだけれど、ふとしたことがきっかけで、話をするようになったのである←今は多くを語れない  叶さんへのアプローチじゃないが、タイミングって大切だと思う。 「朝比奈さん、今日の買物は何の予定なの?」 「社長室に来たお客様に出すお茶菓子と、こっそり、おじいちゃんの誕生日プレゼントも一緒に買っちゃおうかなって。山田くん、趣味が良さそうだから」  にっこりと微笑む彼女。 「それなら、あの人に頼めばいいのに」  俺が言うと、頬をプゥと膨らませて不満顔を露にする。 「だって、迷ってばかりで全然決めてくれないんだもん。山田くんみたいに速決してくれないから、私イライラしちゃってケンカになっちゃった」  どこのカップルも、女性が強い―― 「それだけ、真剣に選んでくれてたってことだよ」 「だけど今回だって、山田くんと出掛けるって言っても、何も言ってくれないんだよ。ただ若者同士、話が弾むといいね、だって」  む――フォローしたくても、上手くいかない……。 「私、何で山田くんを好きにならなかったんだろう」  そう言って、俺の顔を仰ぎ見る。 「朝比奈さんの好みの範囲に、入ってなかったからじゃないのかな」  好かれても困る、俺には叶さんがいるんだから。 「ルックスでいったら、むしろ山田くんOKだよ。しかも仕事はできるし、バンドやってて格好いいし、おじいちゃんにも好かれてる」 「朝比奈さん……」 「山田くんと付き合ったら楽しそうだなぁ、趣味も合いそうだし。友達にも自慢できちゃいそう」  そう言って突然、俺の腕に自分の腕を絡める。ふくよかな胸が、左腕にあたるんですけど。 「山田くんの好みの中に、私は入らない?」 「俺の好みはツワモノな人がいいから、朝比奈さんは無理」 「何それ、変なのぉ」  コロコロと笑う彼女に、俺はこっそりため息をついた。微妙に疲れる。何だか、子犬の散歩をしている気分。  今度は突然、腕を引っ張られる。そこはとあるブランドのショーウィンドーだった。 「見て見て、素敵!」  俺も彼女の背後から拝見。うん、確かに綺麗――  ショーウィンドーの中にあったのは、真っ白なタキシードとウェディングドレス。時期的に、ブライダルフェアをやっているようだ。    このウェディングドレス、叶さんに着てほしいなぁ。背が高くてスレンダーだから、きっと映えるだろう。 「山田くん、彼女のことでも考えてるでしょ?」  なぁんて、ズバリと指摘されてしまった。俺は言葉に詰まるしかない。 「目尻が下がって、いい男が台無しになってるよ」 「そんなことを言われても、こればっかりはしょうがないと、目をつぶって下さい」 「いいな……。そんな風に想われる彼女さん」  淋しそうに、ドレスを見上げる。  そんな朝比奈さんの手を、強引に引っ張ってみた。 「それよりも買物早くしなきゃ。俺でよければ選んであげるよ、会長のプレゼント。だから元気だして?」  繋いだ手に力を込めて引っ張ると、握り潰す勢いで握り返してくる。 「山田くん、気を遣い過ぎ。しかも私に触っていいのは、あの人だけなんだからねっ」 「あはは、元気で何より」  握り潰された手をさする。女心ってわかんねー、複雑怪奇……。  俺は知らなかった。いつからか分からないがこの様子を、叶さんが通りの向こうからずっと見ていたことに――
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加