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そのとき私は、取引先回りをしていた。
次に行く店が遠くだったこともあり、タクシーを拾おうと車道を見たときに、通りの向こう側で見慣れた姿を発見した。
「賢一……?」
なぜだか女連れ。しかも仲良さそうに腕まで組んでいるじゃないの。
私はタクシーを拾うのを忘れ、道路を挟んで並んで歩いた。
真っ昼間から仕事もせずに、ブラブラと女の子とデートですか。
鞄を持つ手に、ぎゅっと力が入る。
時折切なげな表情で、彼女が賢一を見上げるその視線に気がつくと、優しそうな眼差しを彼女に送る賢一。その内、そばにあったブランドショップのショーウィンドーに、ふたりで釘付けになっていた。
中に展示されているウェディングドレスを見ながら、楽しそうに話し込む。まるで結婚前のふたりが準備をするのに、歩き回ってるように見えなくもない。
私は携帯を取り出して普段使わないツテを頼りに賢一の会社の情報を、さりげなくGETした。
『今、社内でホットな噂が流れてるよ。営業企画部課長が会長の孫娘と交際中で、逆玉に伸るか反るからしい』
とのことだった。
会長の孫娘……。綿菓子のようにふんわりと優しい雰囲気を醸した、ナイスバディなスタイルの女性。私とは間逆のタイプだ。
「賢一……私が結婚を断り続けたから、今度は会社での地位を何とかしようとしてるんじゃないでしょうね」
私が断ってる理由は、地位とか名誉なんて関係ないのに。
賢一が手を引いて、彼女をブランドショップの中に誘う。
(もしかして、ブライダル商品を見に行った?)
「賢一のバカ……」
胸が張り裂けそうに痛かった。
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