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遠ざかっていく足音を確認し、ようやく生徒たちはそろそろと雑談をはじめる。
「なんだあれ、どうしたんだよ」
「先生怖いよ」
由紀彦とミリアが真っ先に声を上げた。
「私たちを疑ってるの?」
「そんなわけないじゃん、先生もパニくってるんだよ」
萌の問いに、風子が答える。
美春は席を立ち、にゆの机の横にしゃがみ込んだ。じっと耐えるように沈黙したのち、耐え兼ねたように言葉を漏らす。
「先生……先生じゃないみたい……」
みるみる涙が溢れだし、美春は肩を震わせてうつむいた。長い黒髪がカーテンのように彼女の顔を覆う。
「美春ちゃん、泣かないでください」
「帰りたい……お部屋……帰りたいぃ……」
「大丈夫です。にゆが守ってあげます」
年下のにゆが、美春の頭を撫でた。その手つきは年齢よりも幼いが、子供を守る母のように愛情深い。
「探しに行ってくる」
皆に宣言するように、翔太が真剣な顔つきで言った。右側の遠い席で、ミリアが小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「振られたんじゃなかったっけ」
「……あいつが何も言わず約束を破るわけない!」
追従するように、近くの席にいたテツとデカ森が笑った。
「すっかり手なずけられちゃって」
「もうどっかで死んでんじゃねえ?」
テツの軽口に、デカ森も乗る。
「っつーかさぁ、南はお前が殺したんじゃねーの? 状況的に一番怪しいじゃん」
ざわ、と教室中の視線が翔太に集まった。言葉にこそしてはいないが、皆それを一度は考えていたのだ。単に最後のカウンセリングを受けたのが彼だという、単純というよりは短絡的な発想なため、ほとんどの生徒がその考えを捨てたに過ぎない。
「さっきも言っただろ。俺はカウンセリング終わって、この教室に帰ってきた。そのあとのことなんか知らねーよ!」
「どうだかなー」
テツのおちょくったような相槌に、普段に増してデカ森が悪乗りする。
「案外こいつ綾川も殺してたりしてな。小説とかだとさ、最初に心配そうなこというやつが犯人じゃん」
「っ――!」
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