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妹の泣き声が、聴こえた気がした。
視線を落とす。
強固な甲冑に覆われた名も顔も知らない男の喉元を、自分の剣が貫いていた。
顔に付いた返り血を無造作に拭う。
……ここは戦場だ。怒号と硝煙が渦巻く血生臭い世界。
そんなところに、妹が居るはずがない。
えも知れぬ胸騒ぎを振り払いながら、男の首元の剣を抜く。
いつからだろう、ずるりと肉を裂くこの感触を、何とも思わなくなったのは。
一息をついて、辺りを見渡す。
ここは、我が"トーアライム"国の領土圏内に入る平原。
「ここまで攻め入られるとは……」
誰とはなしに呟く。
否、話しかけていた。
この言葉に返答する相手がいる筈だった。
今度は意識して、辺りを見渡す。
地に伏せる敵国……"ワスイ"の兵士の群れの中に、つい先程まで背中を預けていた仲間の姿が視界に入った。
疲れからか、血を流しすぎたからか……鉛のように重い足を引きずり、歩み寄る。
地に剣を刺し、それにすがるように事切れていた彼の周りには、自分の周りにいた兵よりも多くの数の兵が横たわっていた。
「……ありがとう。貴方のお陰で、生き残ることができた」
仲間を仰向けに寝かせ、開いたままの瞼を閉じた。
変わった笑い方が印象的な人だった。
誰にも友好的で、貧困層の自分にも分け隔てなく接してくれていた。
確か……綺麗な嫁と、小生意気だがかわいい息子が居ると、聞いた覚えがある。
連日のように続く他国との戦争。
王や貴族の肥やしを増やす為に……そんなくだらない戦争に、家族を巻き込みたくはない。
だから、戦うのだと。
「…………」
暫しの沈黙の後、青年は怒号が聴こえる方へと向かっていった。
満身創痍。
だがその背中に傷は、一つも無かった。
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