「城壁の破壊者」

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「ーーー芳しくないね。あの眼帯……中々やり手だよ」 ヘルメスはへらへらと笑う……が、その瞳には感情がなく、不気味だ。 「ーーー主は、なんと?」 「ーーー何も。 僕もここ数百年はこの地から出ていないからね……詳しいことはわからないけど。さあ……そろそろ行きなよ」 ヘルメスに促され、アリシアを抱いたまま立ち上がる。 「ーーー置いてかないの、それ」 きょとんとしながら、ヘルメスはアリシアに指をさした。 ……神には、人の感性というものはないと聞く。 だからアリシアを、それと呼ぶのも当たり前のことなんだろう、けれど。 「…………」 沸々と沸き上がる怒りを諌めるように、また、口は開いた。 「ーーーこいつの妹子だからな、弔ってやらねばならんだろう。 ……それに、似ているとは思わんか?」 アリシアの顔をヘルメスに見せながら、アレスは呟く。 ……誰に、似ているのだろう。 「ーーーああ、うん。そうだね……。 軍神の君がそんなことを言うなんて驚いたなあ。 ……丁寧に、やってあげなよ」 そう言ったヘルメスの瞳に初めて、憂いのような色が宿っていた。 軽口を叩き笑うその瞳には……何処か。 遠い記憶が、映っているように見えた。 「ーーーふん、抜かせ。 お前こそ商業神のくせに、酔狂なことだ」 タン、と軽く地を蹴る。 ひと蹴りで城のテラスまで跳び、窓から外へ。 振り向き様に、城の中を見る。 こちらの行く末を見守る彼は、穏やかに笑っていた。 それがヘルメスだったのか、カイルであったのかは……分からなかったが、 「……生きろよ、マルス」 ……そう、呟いていたように見えた。 前を向く。 自分の意志とは無関係に動く足はそのまま大通りを避けて外壁を跳び越え、そこで止まった。 沸き上がる力が静まり始め、再び押し寄せる疲れにふらつきながら呟く。 「……アレス、お前」 ーーーもう、通る必要も無いだろう。 簡潔な返答。 相変わらず頭に響くその声に、応える。 「……ありがとう。アレス」 ーーーふん、先を急ぐぞ。 ぶっきらぼうに響いた声は、今までのそれとは違い、少しだけ温かみがあった。 神に人の感性はない。 だけど、感情が無いわけではない。 ……そんなことを思いながら、ゆっくりと歩を進めた。
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