「城壁の破壊者」

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視界から青年が消える。 瞬時に真横に振られた紋様を避けた……つもりだった。 「ーーーぐッ……!?」 確かに、避けた。 何度も青年の太刀筋を見てわかったことだが、彼自身の実力は、あの女性……イザナほど手がつけられないというわけではない。 腕の振りから到達点を予測すれば、見切ることはそれほど難しくはないだろう。今で言うならば、横っ腹にそれは振られた筈だった。 膝をつき、右足を見る。 外傷はない。 だが確かに斬られた感覚と……極度の脱力感に襲われていた。 「ーーーなにを、した……ッ!?」 ……アレスが、斬られたのだ。 青年は紋様を肩に担ぎ、こちらを見据えた。 「光の屈折によって、物の見え方ってのは変わるんだ。 例えば見えている物が実際にはそこになかったり、」 青年が懐に潜り込む。 「一つであるはずの物が……二つに見えたり、な」 上段と下段から、同時に紋様が迫る。 「ーーーぅうあ"ッ!!」 咄嗟に転がり避けるも、左腕を持っていかれた。 受け身すら取れず、倒れ込む。 「……これ、さ。 一般人には見えも触れもしないもんなんだけど、あんたらみたいな奴らにはうってつけなんだよ」 青年はゆっくりと近づき、紋様を向ける。 「……詰みだ、お兄さん。 あんたが武器を持ってたら、危なかったよ」 青年は苦笑し、腕を振るう。 身体は満足に動かない……これを避けれても、惨めに地を転がる時間が増えるだけだ。 なげやりに目を閉じた。 ……なんなんだ。 結局わけもわからずに戦い、何もわからず殺されるのか。 こいつは、自分がそう、選んだと言う。 そうするしか、なかったんだ。 ……あのままじゃ、死んでいた。 病気がちな妹を残して、死ねなかった。 部隊長に任命されたときだって、あの場で王に逆らっても責任は俺だけに留まらない。 言うことを聞くしかなかった。 力を使ったのも……国を守るため。 わからないことを聞いても、誰もが口をつぐんで邪魔が入ったからじゃないか。 カイルを置いていったのも……逃げろと、言われたからだ。 誰かに流されていなければ、俺は……生きれなかったんだ。 目を、見開く。 「……選んだことには、責任を持たないとな」 ……生きろと、言われた。 ここで死んでしまっては、あの世でカイルに顔向けができない。 だから……まだ、死ねない。
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