31人が本棚に入れています
本棚に追加
/121ページ
「俺は……死ねない、死ぬわけにはいかない」
ぼう、としてしまいそうになる自分を戒め、歩を進める。
(兄さん……私ね、ここが好き。
いつか戦争が終わったら、ここに皆でピクニックに行きたいな)
……抑えても浮かびあがる記憶は。
(マルス!見ろよ!ほら!俺達が子供の時に作った秘密基地!……懐かしいなあ、まだ残ってるとはなあ)
二人のこと、ばかりだ。
「消えろ……消えろ……!」
足元だけを一点に見つめながら歩く。
……そうでもしないと、壊れてしまいそうで。
「頼む……消えてくれ……」
……足元だけを見る視界に、黒いブーツが映った。
「……もう、戻れないんだよ。
お兄さん」
よろめきながら、顔を上げる。
腹部に手を当て、口から一筋の血を流しながら、青年は紅く染まる紋様を手にしていた。
「……あんたは、ただ。
押し込めなければよかったんだ。
そういうものだと諦めて……流されていなければよかったんだよ」
帽子の影を落とし、青年は呟くように語る。
「……"アレス"、"アレス"!!」
吐けど、荒げど。
力は……アレスは応えなかった。
「……無駄だよ。お兄さん。
アレスは腕と足を一本ずつ切り落とされてる。本当ならあんただって、ショックで死んでいても不思議じゃない。
……あんたは今。
ただ、気力だけで立ってるんだ」
「アレス!アレス!!……くそ!くそ!!くそおぉお!!!」
紅い紋様が、胸をゆっくりと貫いていく。
まだ、死ねない。
死ねないんだ。
「少し振り返るだけで。
あんたは、日常に戻れたんだ。
……こんなことには、ならなかった」
帽子の影に隠れて、青年の表情は見えない。
「……アリ、シア……カ、イル……、」
……ゆっくりと、意識が遠退いていく。
「……ぉ……れは、」
……もう、声も出せなかった。
倒れこみ、手を伸ばす。
青年の後ろ……花園の入り口で、二人は静かに笑っていた。
(まったく……マルス君はしょうがねえなあ)
(ほら、兄さん……帰ろう)
「…あ………ぁ」
「……ごめんな、アリシアさん。
約束、守れそうにない」
霞んでいく意識の中で……青年はそう、呟いていた。
最初のコメントを投稿しよう!