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「……でさ、そこでマルスが来たんだよ!
颯爽と現れ、ワスイの兵を次から次へバッタバッタと……いやあ、"薙ぎ倒す"ってのはああいうことを言うんだろうなあ」
小さな家の寝室。
開けた窓から暖かな風が入り込み、正午の陽の光が部屋の中を照らしている。
「カイル。もういいから、何度目だその話」
白銀の鎧を纏い金色の長髪を後ろで結わえている男……カイルは、その端整な顔立ちに似合わない豪快な笑いをしながら、こちらに顔を向けた。
「良いじゃないか!我等が誇りあるトーアライム軍の窮地を救った英雄さまの話だぜ?
アリシアちゃんも聞きたいだろ?」
ベッドの近くにある花瓶の花を取り替えていた少女……アリシアは、栗色の髪を揺らしながら振り向いた。
「……えっ、あ、はい!聞きたいです。兄さんのお話」
ベッドから起き上がり、頭を掻く。
あの戦が終わった所までの記憶は……断片的にだが、ある。
妙な声が聴こえたと思えば傷は癒えており、身体中から力が沸き上がった。
激しい高揚を感じた。
再びこの地に戻れた、そんな声が聴こえた気がする。
「それにしても…いきなりあんなに強くなるなんて、一体何の魔法を使ったんだ?マルス君?」
茶化すようにカイルが尋ねる。
魔法……古代より伝わる秘術。
古代より伝わるなどと仰々しく説明する割には、今や使う者は少なく廃れたものと扱われている。
その昔。
世界がまだ一つの大陸だった頃は、それこそ森羅万象を歪ませるほどの魔法を扱う者が溢れていたそうだが、世界が九つに割かれた今となってはせいぜい泥水を綺麗に浄化するくらいの物しか伝わっていない。
それもかなり複雑な術式を組んでから発動させるものだから、大抵は人工のろ過機を使う。
正直、その方が早い。
ただ水を綺麗にするだけでそれだ。
伝説やおとぎ話に語られる様な相手に危害を与える程の術式などあったところで、まるで実戦向きではないだろう。
……なにより、魔法は意思など持たない。
あれは、
魔法なんてものじゃあ、ない。
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