2.「Beatus, qui prodest, quibus potest.」

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2.「Beatus, qui prodest, quibus potest.」

ーーーそれから。 少年は暇を見つけては毎日のように彼女に会いに行った。 何時も噴水の前でただ佇む彼女は、誰の目にも留まらない様だった。 見えるのは、見付けられるのは自分だけだと、特別な自分に酔いしれて。 彼女はあれから、何も言わなかった。 ただ少年の日々に耳を傾け微笑んで、別れの時が来ると優しく抱き締めた。 ……彼女が、日を追う毎に弱っていると感じたのは何時からだったろう。 時折自身を抱くように震え、荒くなる息遣い。 始めは少年の前では平静を保っていた彼女も、次第にそれを隠せなくなっていたようだった。 何か自分に出来ることはないか、と少年が問いても彼女は悲しげに微笑みながら首を振るばかりで、まともに相手をしてくれない。 少年は駆けた。 体調に良い薬など知らない。 だが、それでも駆けた。 自分の街の薬屋が終わると、次は隣りの街まで駆けた。 少年には家族がいない。 物心ついた時には親の残した帽子屋と、幾ばくかの遺産だけが少年に寄り添い、それを狙う小汚い大人が周りを固めていた。 ……初めて、心を許せた人だった。 涙目に駆ける少年は整備のされていない路の辺に蹴躓き、ぶかぶかの帽子が転がっていく。 ……何故、泣くのだと。 声が聴こえた。 少年は倒れたまま顔だけを上げる。 其処には、少年の帽子を拾い上げながら佇む、美しい戦乙女がいた。 薬がいる。大切な人を救いたいと、少年は吠えた。 どのような薬だ、と戦乙女は淡々と告げる。 少年は二の句を告げようとして、思考が停止する。 ……わからない。 彼女は、彼女のことは。 何も知らない。 呆然とする少年を他所に、戦乙女は虚空に話し掛けた。 幾つかの問答、聴こえない応えに頷き、首を振る。 暫しの間を置いて、戦乙女は懐から輝く指輪を差し出した。 その者の前で、これに祈れ、と。 少年は差し出されたそれを震える手で掴む。 何故?と問いても。 戦乙女は顔を僅かにしかめるだけで、答えなかった。ーーー
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