第一章 旅立ち

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 川上千鶴の高校卒業を祝福するように燦然(さんぜん)と輝く朝日が、底光りする水平線から雲ひとつない空に昇りはじめた。  穏やかな陽気に包まれた三月一日。歴史を感じさせる土間と漆喰の壁、土間の奥には堂々たる欅(けやき)の大黒柱が構える古民家の玄関口では、赤黒い健康色の肌をした少女が、奥の居間に向かって元気な声を出した。 「ばあちゃん、行ってきまーす!」 「ちぃちゃん。卒業式に出られんで、ごめんな。んじゃ、気ぃつけてなぁ」  ほうれい線が年齢よりも深く刻まれ、優しい笑い皺を浮かべる祖母が、川上千鶴の後ろ姿を居間の窓ガラス越しにじっと見つめていた。 (美里や……、千鶴が高校卒業やっど。もう直(じき)、お前さ捜しに東京さ行くけな……)  日本最多の離島を有する長崎県の西海上に大小140余りの島々が連なる五島列島がある。その一角に浮かぶ鬼岳島では、鬼岳港と福江本島を結ぶ定期船の汽笛が、長閑(のどか)な島に響き渡っていた。  定期船が港から出航するのを見守っていた大敷網船が、滑らかなエメラルドグリーンの水面を切り分けてゆっくりと鬼岳港に進入した。  船首に掲げられた色鮮やかな大漁旗が、春風に誇らしく揺れている。一か月振りの大漁旗を目にした島民は一斉に歓声を上げた。  漁港の水産場前に大敷網船が接岸すると、岸壁は即席の魚市場へと一変し、獲れたて鮮魚の山に島民達が我先にと群がった。
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