プロローグ

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 何発目で殴るのを止めたのか、数えなかったからわからない。ただ、相当息が上がっていることから察するに、十五分以上は殴り続けていただろう。男性はもう動かない。死んでいる。  死んだあとの人間を間近で初めて見た。よく通夜などで見る死体というのは、着物を着ていて棺桶に入れられ、その場の雰囲気や線香の匂いのせいで死体という認識が薄くなっている。まるでそれは、質量を持たない物体かのように見える。一方、今目の前にある死体は、ずっしりとした重量感があった。ああ、この人はさっきまで生きてたんだな、というのが死体を見るだけで伝わってくるようだった。  初めて人を殺した。初めて目の前で人が死んでゆく姿を見た。  千瀬は若干興奮したのと同時に、もう一人の自分を見つけてしまったようで怖かった。  ここからどうしようか、全く考えていなかった。このまま放置しても誰かが絶対に発見する。毎週日曜日に、警備員が別館の見回りに来ることを千瀬は知っていた。遅くてもその時に見つかる。見つからないこと、千瀬にとってそれが一番だ。
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