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道内の建設企業が16歳から65歳までの道民20万人を緊急臨時雇用して、約半年間掛けて全ての道民達が利用し易い街に創り上げた。
戦後の高度経済成長期でもないのに、ここまで出来たのは甲斐道が、今までに溜め込んだ観光収入“約9800兆円”あった為である。それでも200兆円の赤字だったらしいが、都市開発を進めたお陰で観光客は例年の八割増しになり、赤字もあと少しで無くなるらしい。
因みに春樹は終点の信府駅、祐介はその二駅手前にある“水郷寺温泉”駅で降りることになっていたが、しかし…。
「間も無く終点の信府。信府です。お忘れ物がないようにお願い致します。まもなく信府」
車掌からのアナウンスが流れ、祐介の不安が脳裏を過ぎる。
「・・・なあ妃由?次、水郷寺温泉だよねぇ」
駄目元で彼女に確認するが、彼女は冷静に真実を口にした。
「ん?何言ってんのよ祐介。次は信府だよ」
祐介のこめかみから不透明で嫌な汗が止めどなく流れる。
祐介が茫然と呆気にとられていると、今度は春樹が問いかけてきた。
「そういえばユウ、下りなくて良かったのか?水郷寺温泉で」
“言うのが遅い”
そう思うも、降り損ねたのは自分であって、彼には罪は無い。
「一条に続いて今度はユウが降り損ねたのか、まあ話しに夢中だったからな。でもユウ定期は持っているだろ」
この卒業間際になって、定期なんて持っている訳がない。
財布の中に多少、小銭が残っているかもしれないが、自身が無かった。
―信府駅 第7層 アクアライン ホーム―
「どうだ?金足りるか?」
春樹が不安そうに祐介を見る。
「・・・ハルか妃由、1円持ってる?」
祐介が青ざめた顔で2人の顔を見る。
「・・・悪いな、俺はステパスだから小銭は持ち歩かないんだ」
ステパスというのは、ステーションパスポートの略称で関東甲信越地区内でのみ使用できる公共身分証明書だ。これ一枚で身分証明の他にも様々機能が使える。例えば、予めチャージ(入金)を済ましておけば、全ての公共機関の利用や買い物の支払いがスムーズに行く。
妃由もステパス精算のようだ。
「駄目だ。ごっ569円、ギリギリ1円足りない」
他の利用客を尻目に必死になって1円を探す祐介。
ベンチや自販機の下、ゴミ箱や煙草の吸い殻入れの中、ホームのありとあらゆる場所を探すが、無い。
海国南駅から信府駅までは570円かかる。
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