天秤は平衡を保つ

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日没はまだ早く、遠藤が会社を出る頃には既に辺りは夜闇に包まれていた。 途中の駅まで一緒に帰っていたマキとも別れ、独り家路に就く。街灯こそあれ人気はなく、他には漆黒しか存在しない夜道は、女性が一人歩きするには十分不安に足るものだ。 「ふぅー……」 今日の書類整理はハードだったなぁなどと考えつつ、行動としては両頬をぺちり。ずり落ちた眼鏡を直す。一連の動作は、もはや無意識でも条件反射で行われていた。 (マキ、楽しそうだったなぁ……) 今日に限らず、彼女はここのところいつも上機嫌だ。仕事は忙しいながらも順調、婚約と同棲、充実した日常。何週間か前には、小額(正確な額については聞き出すことができなかった)ながら宝くじにも当選したらしい。まさに幸福の絶頂とでも呼ぶべき状況にある。 それらの要因は全てプラスに働き、彼女の元の美しさをより一層輝かせているようにも見えた。親友としては喜ぶところなのだろう。だが…… (幸せ、か……私も、あんな風に幸せを感じられる日が来るのかな……) 遠藤には、今のマキのように心底の幸福を感じたことはなかった。もちろん何気ない平和な日常を送り、仲間たちと楽しいひと時を過ごせるというのは幸せなことなのだろうが、それは遠藤の求める『幸福』とは少し異なるものだ。
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