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日常そのものに感じる幸福とは、結局目に見えず一過性のものでしかない。
彼女の求める幸福とは、淡々とした日常そのものではない。淡々とした日常に張りと輝きを与える、きっかけを与える何かなのであった。無論、その〝何か〟が具体的に何であるかまでは、彼女にはまだ理解し得ないのだったが。
学生時代から、遠藤は日陰に生きる存在だった。
要領が悪く、肝心な所で必ずミスをする。脚光を浴びることもなく、いつだって地味。それは社会に出てからも、根本から変わることはなかった。
何か目に見える形で、『幸福』を『幸福である』と感じられること自体が望みというべきだろうか。
「ふぅ……」
思考が暗い方向に進むにつれ、自然とため息が溢れ出た。〝ため息ひとつで、幸せがひとつ逃げる〟。これは彼女の好きな曲の歌詞から引っ張ったものであるが、このような言葉にすがるほどに、彼女は幸福を渇望しているのだった。
ばちぃん!
暗い空の下、唐突に打撃音が響いた。自らを戒める遠藤の『頬ぱっちん』が、予想以上に強い力で叩きつけられた結果だった。
「……私、ほんと何やってもダメな子だな……」
じんじんと痛み火照る両頬を凍えた手でさすりながら、遠藤は家を目指す足を早めた。
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