序章 その男、真宮寺幸太郎

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序章 その男、真宮寺幸太郎

「…ふぅ。」  いつもの窓際席で二杯目のコーヒーに口をつけた後、 真宮寺幸太郎は短い一息をついた。  もうすぐ日付が変わろうとしている。火曜日の深夜だというのに、 店内はそこそこの賑わいを見せていた。 残業を終え、遅い夕食であろうハンバーグディッシュを 独りかっ込むサラリーマン。ソーセージとピザを肴に、 ビールを酌み交わす初老の男性客たち。文庫本を読みながら、 グラスワインにちびちび口をつけるアラフォー女性。 どう見ても10代後半くらいにしか見えないが、ビール片手に ケタケタと盛り上がる若いカップル。  真宮寺行きつけのファミレスは、今日も変わらず、 眠りの浅い街に流れるさまざまな人生の受け皿となっていた。  そして、真宮寺はいつものように取り留めもない自問をする。 (では、他の皆さんから見て、僕はどのように映っているのでしょうねぇ…。)  今日の真宮寺のスーツは、ライトグレーの三つ釦スリーピースだった。 ワイシャツは真っ白なリネンで、スーツ同様無地である。 ネクタイは、ライトブルーとブラックの細かな千鳥格子。 ワイドスプレットカラーのシャツではあるが、 結び目がややシャープなセミウインザーノットでタイを締めるのが、 真宮寺流のこだわりだ。  常に微笑んでいるように見られる細くやや垂れ下がった目と、 物腰柔らかそうな雰囲気から、『お金にあまり不自由がないビジネスマン』 と思われたことも何度かあった。しかし、そもそもそういう人種は、 得てして深夜のファミレスにコーヒーを飲みには来ない。  『製薬会社のやり手営業マン』と言われたこともあったが、 そういう時、真宮寺は決まってこう切り返すのである。 「確かに、僕は人と話をする事がキライではありません。 でも、よく考えてみてください。バリバリの営業マンが、 常に手ぶらじゃあいけないでしょう?」
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