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車を運転していたとみられる髪の長い女が瞳を輝かせ、俺を指差す。
「見て、見て、見て!保!官軍の軍服!ほらほら!幕末マニアなのは私だけじゃない!」
隣に座る男がおっとりとした声で女二人をたしなめる。
「怜、静香、まずは彼の心配を」
男は車から降りるが、足を着いた先は腐汁を湛える泥沼の中であった。
俺は百過刀の鞘を引き寄せ、柄に指を掛ける。
「そう言う貴様が、最も心配している様に見えないが?」
男の手には抜き身の二刀。
「そうですか?貴方に元気になってもらうには、こういうのが一番だと思いまして。違いますか?」
「その格好、趣味か何かは知らんが、その生意気でいけ好かない態度はよく時代考証されている」
「いけ好かなかった割には楽しそうですね?」
「…………」
迷い、希望、失望、俺が人間らしくあった、唯一で最後の時代だ。
「ちなみに、これは私の趣味ではありません。彼女の趣味です」
地に広がる羽織の裾の傍らに、車から長い髪をなびかせて女が降り立つ。
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