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真紀の静かな言葉は、問いを発した鬼にではなく、俺に向けられる。
「カズマ……後退はないわ。理想郷結界は使わない」
俺は信じられぬ思いでその言葉を聞く。
真紀ならば、結界の必要性は十分に理解しているはずだ。
俺は振り向く代わりに奥歯をガッと鳴らし、苛立ちを表す。
しかし、真紀の答えは変わらず、さらに無情であった。
「勝てないまでも、負けることはない……私が選んだ男がそれでは困るの。ヤーヌスも仕留められなかった。そんな男が石倉一派の筆頭では困る。あんたには敵に勝ち続けてもらわないとならない。だから、退いては駄目。より強い敵に勝ってこそ、あんたは変われる」
両角鬼の一撃は稲妻を喰らうに等しい。
こちらは複数人、いや、十数人で当たって然るべき敵だ。
「今は……勘弁だ」
「失望させないで」
真紀は今も後ろにいるのか、そう感じさせる程にその声は遠くから聞こえた気がした。
それは俺の心の問題であり、声の明瞭さからして真紀が後ろにいることは間違いない。
「このままでは見限るしかない。また探さなければならない……させないで、この私に」
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