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減速してホームに滑り込んだ電車が、止まった。
人気のない車内。
両脇に吸い込まれて開いたドア。
「乗らないの?」
正面を見たまま、尋ねる少女。
男は、固く握っていた拳を開いた。
汗で手のひらに貼りついていた切符が、しばらくして落ちた。
ドアが閉まり、電車は動き出す。
振動が少しずつ遠ざかっていく。
男は脱力して、その場にヘナヘナと座り込んだ。
「死にそびれた…」
今日こそはと思っていたのに。
なるべく他人に迷惑のかからない場所を選んだつもりだったのに。
「バカね」
少女が言う。
「駅を通過する快速を選ぶべきだと思うわ。
そして、線路に下りて待っていればいいのよ。
どうせ怖くて、身動きなんて取れなくなる」
「ひどいじゃないか」
慰めてくれもしないで、そんな言い方。
少女は何も答えない。
男を見てさえいない。
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